"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第5話
壁面に、昭の浅のパノラマ写真や、活気あふれる仲見世通りの黒写真がパネルになって展示されている。
父は枚枚のパネルのでち止まり、い入るように見つめた。 その横顔には、で見せるあの怯えたような翳りはなく、かつての職らしい鋭さが微かに戻っているように見えた。
会のほど、昭50代から60代のを特集したコーナーに差し掛かっただった。
私のが、ある枚の写真ので完全に止まった。
展示パネルの央。 し褪せたカラー写真のに、見覚えのある造2階建てのファサードが写しされていた。
軒先に掲げられた、柔らかな文字の板。
『 ひだまり』
ガラス戸の奥に見えるカウンター席。 そしてのには、純のコックコートにを包み、腕を組んで照れくさそうに笑う、40歳の若々しい父の姿があった。 隣には、仕込み用のエプロンをつけた母・子が、柄な体で誇らしげに微笑んでいる。
私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。 私が学にがったばかりの頃の景だ。 学が終わると、私はいつもあのカウンターの隅で宿題をしていた。 内にはいつも、玉ねぎを炒める甘い匂いと、ドミグラスソースのばしい匂いが満ちていた。
「……お父さん、見て」
声が震えた。
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父の腕をそっと引き、パネルの正面へたせる。
「これ……お父さんのだよ。『ひだまり』だよ。覚えてる?」
父は鏡の位置を指先で直し、写真にぐっと顔をづけた。 その瞳が、微かに揺れる。 写真のの自分の姿を、そして若きの母の顔を、乾いた指先で枠越しになぞろうとした。
「……ひだまり」
父の唇から、かすれきった声が零れ落ちた。
「そうだ。俺の……だ。子も、いるな」
「そうだよ。お母さんもいるよ。お父さん、すっごくかっこいいね」
「当たりだ。俺はこれでも、浅で番のデミグラスを作ってたんだからな……」
父の元に、何ぶりか分からないほどの、誇らしげで柔らかな笑みが浮かんだ。 連れてきて本当によかった。 こみげてくる涙を指先で拭おうとした、そのだった。
「そののマスターは……」
に、すぐ隣からく絞りすような男の声が割り込んできた。
「今、どうされているか……ごですか」
胸を突くような切迫を孕んだその声に、私は弾かれたように顔をげた。
そこにっていたのは、質なカシミヤのハーフコートを着た、髪交じりのの男性だった。 には展示の目録を固く握りしめ、パネルに釘付けになっている。
――黒田様?
息を呑んだ。 なぜ、あの品物流会社の会である黒田修様が、こんな町の域展示にいるのか。 驚いて目録の表に線を落とすと、主催者欄の最部に、さな文字で『協賛:クロダロジスティクス株式会社』と印刷されていた。
企業の社会貢献事業として、黒田様はこの写真展の支援をっていたのだ。
黒田様はまだ私に気づいていない。 ただ、狂おしいほどのを込めて、写真のの父の姿を見つめていた。 その鏡の奥の瞳が、微かに潤んでいるように見えた。
「……あの、黒田様」
私が恐る恐る声をかけると、男性はびくりと肩を震わせ、ゆっくりとこちらへ線を向けた。
「……え?」
黒田様の目が、私を捉えた。 そして、私の制姿ではない私の姿、そして私の腕に掴まっている老の顔へと、線が滑り落ちていく。
「佐伯……さん……?」
黒田様の呼吸が、瞬で乱れたのが分かった。 いつもで見せるあの徹で威厳に満ちた経営者の仮面が、音をてて崩れっていく。
「黒田様。……この写真の主は、私の父です」
私は父の肩にを添え、はっきりと告げた。
「佐伯正蔵です。隣の席に座っているのが、父です」
黒田様は言葉を失った。 その顔からサーッと血の気が引いたかとうと、次の瞬には、激しいの波がその肌を潮させていく。 がもつれるように、父のへと歩、歩と歩み寄ってきた。
父は、見らぬ派ななりの男がづいてきたことに怯えたのか、私のコートの袖をきゅっと掴み、私の背へしを隠そうとした。
「佐伯さん……」
黒田様の声は、完全に震えていた。 企業のトップとはえないほど、けなく、願するような響きを帯びて。