"「毎日そんなに持ち帰るのか」厳しい常連客が父を見て泣き崩れた" 第4話
私はすがるようないで、からチーフ昇格を打診されたこと、そして夜のシフトに入れないために断らざるを得ない状況を説した。 せめて週に1だけでも、千葉から泊まりがけで父の様子を見に来てもらえないだろうか、と。
しかし、受話器の向こうから返ってきたのは、乾いた沈黙と、苛ちを含んだ息の音だった。
『……お姉ちゃん、正気?』
「え?」
『私にどうしろっていうの? うちだって翔太の学受験でが回らないし、義理の両親の顔だってあるのよ。浅まで片1半かけて、週に1回泊まれって? 無理に決まってるじゃない』
「でも、由紀。お父さんの認症、最夜の穏がひどくなってて……私じゃ、もう仕事をセーブするしかなくて限界なの」
『だから言ったじゃない! とっくに施設を探すべき段階なのよ!』
由紀の鋭い声が、鼓膜を突き刺した。
『介護認定をもっとくしてもらって、特養の空きを待つはショートステイを回すとかさ。なんで全部で抱え込もうとするの? お姉ちゃん、お父さんの介護を言い訳にして、自分のから逃げてるだけじゃないの?』
「逃げてなんか……!」
『逃げてるよ! 昔からそう。お父さんが頑固でを畳んだも、お姉ちゃんはお父さんの嫌ばかり伺って、自分のを諦めたじゃない。今度は介護を盾にして、な娘を演じる気? いい加減にしてよ。
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私を巻き込まないで』
方に通話が切れた。 ツーツーという無質な子音が、え切ったコンクリートの階段に虚しく響く。
すりに額を押し当て、荒くなった呼吸を必にえた。 涙すらなかった。 由紀の言う通りなのかもしれない。 私は、誰かに頼るのが怖いのだ。 父がそうであったように、誰のも借りず、全部自分で背負い込むことだけが「正しさ」だと信じ込もうとしている。
そのの夕方、域包括支援センターの担当ケアマネジャーである佐藤さんが、定期訪問の類を届けにへち寄ってくれた。 裏のベンチで、私は疲れ果てた顔のまま、父が昨夜フライパンを探して台所を彷徨ったことを打ちけた。
佐藤さんは、私の荒れた元を静かに見つめながら言った。
「佐伯さん。正蔵さんはね、今、自分が何者だったのかを必に確かめようとしているんですよ」
「自分が、何者だったか……?」
「ええ。記憶がれていく恐怖ので、最まで残るのは『自分がで最も誇りを持っていた』です。正蔵さんにとって、それは厨で鍋を振るい、誰かに料理をべさせていたなんでしょうね」
佐藤さんは鞄から、枚のチラシを取りして私に渡した。
「今週末、台区の域文化館で『浅・町商の記憶写真展』という催しがあるんです。
昭30代から60代にかけての、この辺りの並みや舗の写真がたくさん展示されます。もしお父様のご嫌が良ければ、しだけ連れしてみてはいかがですか? 昔馴染みの景を見ることで、がふっと落ち着く患者さんもいんですよ」
チラシの隅には、セピアの古い商の写真が印刷されていた。 私はそのをさく折りたたみ、エプロンのポケットの奥へと仕い込んだ。
曜。 ひとつないれの午、私は父に番仕ての良いチャコールグレーのスラックスを穿かせ、糊の利いたシャツのにカーディガンを着せてへた。
「今はどこへくんだ?」
父は私の腕にを添えながら、刻みな歩調で尋ねてくる。 この質問に答えるのは、をてからもう4回目だった。
「お父さんが昔いた、商の写真を見にくのよ。懐かしい写真がたくさんあるんだって」
「ほう……商か。タツさんの魚は、まだ元気にやってるかねえ」
「もうタツさんは引退して、息子さんの代になってるよ」
「そうか。あそこの筋子は、いい仕入れをしてたんだがな……」
断片に蘇る記憶の糸を繰り寄せるように、父は浅の並みを物珍しそうに見回しながら歩いた。
域の文化館は、からしれた静かな角にあった。 2階の目ホールに入ると、曜ということもあり、隣の齢者や郷史に興を持つ若い族連れで適度に賑わっていた。