みかん小説
本棚

"大手術の3日後、夫が勝手に進めていた旅館の経営移管" 第1話

元に触れた唇の温もりが、瞬で氷のようにたくじられた。

「もう旅館のことは考えなくていい。これからは俺が引き継ぐから」

背に回された夫の腕に、ぎゅっと力が込められる。

……え?

麻酔の同に署名したばかりの指先が、シーツので固まった。

、腹部の術を控えている。 医師からは、命に関わるリスクもあること、術の回復にはいがかかることを、々しい調で告げられていた。

の恐怖で震える私を抱きしめたまま、夫はさく喉を鳴らして笑った。

「ようやく、俺のやり方でできる」

病のい井。 点滴スタンドの軋む音。 の奥にこびりついたその言葉を、私の脳はすぐには理解できなかった。

「……俊介さん?」

声がかすれてない。

夫はゆっくりと体をした。 その顔には、ここ数週ずっと見せていた「憔悴した良き夫」の表が、片も残っていなかった。

どこか気した頬。 希望に満ち溢れたような、ギラついた瞳。

「しろよ、綾子。お袋さんの代から続いた古いやり方、俺が全部しくしてやるから」

「何……言ってるの?」

「おはずっと頑張ったよ。だから、もう休んでいいってこと」

コンコン、と乾いたノックの音が響いた。

「望さん、術処置のおです」

護師が入ってきた瞬、夫の表がサッと切り替わった。 眉をげ、痛ましそうに私のを両で包み込む。

広告

「綾子、頑張るんだぞ。俺はずっと待ってるからな」

……待っている? 何を? 私の還を? それとも――。

病をていく夫の背を、私は声もせないまま見つめるしかなかった。

伊豆のあいに佇む、客の温泉旅館「見庄」。

母がたったでちげ、守り抜いてきた所。 母がくなって、私が株式会社として法化し、全株式を持つ唯の代表取締役として切り盛りしてきた。

築数の経った建物の修繕費、源泉の温度管理、頑固な板との折衝、閑散期の資繰り。 女将としてをげないはとしてなかった。

夫の俊介と会ったのは、。 旅会社の営業マンとして見庄に入りしていた夫は、当たりがよく、回りの営業力があった。

「俺が綾子さんを支えます。旅館の営業は全部任せてください」

その言葉を信じて結婚した。 夫は会社を辞めて見庄に入り、営業担当としてよくいてくれた。

けれど、経営が軌に乗るにつれて、夫のから漏れる言葉のが変わっていった。

周囲は私を「女将」と呼び、夫を「支配」と呼ぶ。 それは対な呼称に過ぎず、会社の経営責任と決定権はすべて私にあった。

「支配なんて肩き、向けのお飾りだろ」

夜、帳で帳簿を締めているとき、酒の匂いを漂わせた夫が吐き捨てるように言ったことがある。

「法の代表はお。株もおのもの。俺は何汗流しても、ただの雇われじゃないか」

「そんなことないわ。俊介さんが営業にてくれるから、うちの予約が埋まってるんじゃない」

「では何とでも言えるよな」

夫の満は、徐々に旅館の運営方針そのものへの反発へと形を変えていった。

から、夫は執拗に「部の運営会社への委託」を提案するようになった。 仲居のいサービスを削り、客の単価を吊りげ、予約管理やマーケティングをすべて都会のコンサル会社に投げろという。

「代遅れの温泉旅館なんて、もう限界なんだよ。を減らして効率化しなきゃき残れない」

「見荘は、母の代からの常連さんに支えられているの。いきなりおもてなしを切り捨てたら、信頼を失うわ」

平線の議論。 夫は「自分の提案がいつも妻に握りつぶされる」と被害者識を募らせていった。

そんな夫の焦燥にをつけたのが、ある女性のだった。

相澤真理子。 ホテルや旅館のブランド再を掛けるという、規模な運営会社の代表。

京からやってきたその女性は、洗練されたスーツをにまとい、夫の自尊をこれでもかとくすぐった。

「俊介さんほど現と営業を理解されている方が、ただの支配で終わるなんて勿体なさすぎます」

「あなたがトップにって采配を振るえば、見荘は今の倍以の利益をせますよ」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: