"「お母さんのところに行きたい」9年後に届いた娘の声" 第9話
ついてくべきだったのではないか。母親として矢面にち、あの男の罵声を代わりに浴びるべきだったのではないか。
何度もメッセージを打ちかけては、消した。 『丈夫?』 『今どこにいるの?』 そんな言葉を送れば、あの子が必で保っている決を、ただ乱すだけだと分かっていたからだ。
連絡があったのは、夜のを過ぎた頃だった。 のシャッターをろし、内のかりを半分消した瞬、調理台のでスマートフォンがく震えた。
結の名だった。
指が震えて、通話ボタンを度押し直した。 受話器をに押し当てると、荒い息遣いとともに、の音がガサガサと響いてきた。
「……結?」
『……お母さん』
掠れた声だった。 泣いたあとの、の奥が詰まったような声。
『……終わったよ』
「丈夫だった? 怪とか……」
『丈夫。……駅のホームにいるの。宮きのを待ってる』
結はく息を吐きした。その吐息が、夜の寒さをそのまま運んでくるようだった。
『お父さんね、最初は何のことか分からないってを切ってた。 でも、誠叔父さんから預かったと、あの録音をテーブルに置いたら……顔が真っ青になって。 次の瞬には、激したの』
「修司さんが……?」
『うん。誠叔父さんのことを、恩らずの裏切り者だって鳴り散らして。 あいつは昔から甘ったれで、俺のをいつぶしたくせに、今になってがを壊す気かって……。
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を奪ったことも、録音を隠したことも、全部認めたよ。 認めたで、こう言ったの。 「おのためだった」って』
喉の奥が、カッとくなった。 と、何も変わっていない。 あの男はいつもそうだった。自分の都と支配欲を、すべて「族のため」「相のため」という美名ですり替えるのだ。
『「母親に未練を残して、受験に失敗したらどうするつもりだったんだ」って。 「お母さんは京で自由になって、おのことなんて荷に決まってる。俺がおを守ってやったんだ」って……最まで、度も謝らなかった』
「……結」
『私ね、お母さん』
受話器の向こうで、の接をらせるアナウンスが流れ始めた。 ゴーッという切り音に混じって、結のえ切った、けれど芯の通った声が響いた。
『私、お父さんに言ったの。 「私のためだったなら、どうして私に選ばせてくれなかったの?」って』
息を呑んだ。
『「歳の私からお母さんを奪って、嘘をつき続けて、私のをコントロールして……お父さんが守りたかったのは私じゃない。になるのが怖かった、お父さん自でしょう」って。 そう言ったら、お父さん、何も言い返せなくなって……ただ、ち尽くしてた』
結の声が、微かに震えた。 りではない。い、自分を縛り続けてきた父親の「正しさ」が、ただの脆いエゴだったと悟った瞬の、底れない虚脱だった。
『もう、あのには戻らない。 鍵も、全部テーブルに置いてきたから』
「結、今夜はうちに――」
『ううん、自分のアパートに帰る』
結は私の言葉を、優しく、けれど確に遮った。
『で、ちゃんとをやしたいの。 お母さんに甘えるに……私自が、ちゃんとこのを消化しなきゃいけないから。 だから、しだけをちょうだい』
「……わかった。無理しないでね。いつでも連絡して」
『うん。……おやすみなさい、お母さん』
プツリと通話が切れた。 静まり返った厨で、私は暗い画面を見つめたまま、しばらくけなかった。
あの子は、でやり切ったのだ。 父親の呪縛を、自分の言葉で断ち切ったのだ。
その痛ましさと誇らしさに、胸の奥が焼けつくように痛んだ。
その分、再びスマートフォンが鳴り響いた。
画面に表示された番号を見て、臓が凍りついた。 局番から始まる、見覚えのある固定話の番号。 にた、埼玉のの番号だった。
通話ボタンを押す指に、自然と力が入る。 に当てても、私は名乗らなかった。
受話器の向こうから、苦しい沈黙と、苛ったような煙の煙を吐きす音が聞こえてきた。
『……真紀か』
ぶりの、元夫の声だった。 く、湿り気を帯びた、かつて私を精神に追い詰め続けたあの男の声。
「何の用ですか」
私のたい声に、受話器の向こうで舌打ちの音が響いた。
『結を唆したのは、おだな』