"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第14話
堀を埋めて、結婚して逃げられなくなってから私を従わせるつもりだったと」
私の隣で、母が静かにをいた。
「娘からすべて聞きました。森川様のお柄や誇りはご派なのかもしれませんが、娘をただの具や従属物として迎え入れようとするおへ、嫁がせる気は切ございません」
正雄さんはり狂い、ちがらんばかりにを乗りした。
「たかが個の仕事ごときでげさに騒ぎおって! のためにを捧げるのが嫁の務めだろうが! 誰のおかげで暮らしていけるとっているんだ!」
号が座敷を揺らす。 けれど、その声は、私のにさざ波ひとつてることはできなかった。 古い呪文のような言葉。 実体のない『』という霊に縋りつくだけの、れな老の叫びにしか聞こえなかった。
「庭を事にすることと、誰かがし続けることは違います」
私は静かに、しかし語語を研ぎ澄まして返した。
直が耐えかねたように、すがりつくような目で私を見た。
「美穂……頼むから考え直してくれよ! 式をキャンセルしたら、世体が……親父たちの面目が丸潰れなんだよ! 俺が謝るから! になったら、おを絶対に自由にするからさ!」
どこまでも、自分の面目。 どこまでも、未来の権力への執着。
私は、憐憫のすら湧かないたい目で、かつてした男を見つめた。
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「私は、あなたがになるを待つために結婚するんじゃない」
直は息を呑み、絶句した。
「千鶴!」
正雄さんが、逃げを失った獣のように、座の妻へ矛先を向けた。
「おからも何か言え! この気な娘を説得しろ! 体いつまで黙っているつもりだ!」
声が千鶴さんに突き刺さる。
千鶴さんの体が、刻みに震えていた。 、この鳴り声に怯え、先回りして自分を削り、者を貶めることでき延びてきた女性。
千鶴さんはゆっくりと、顔をげた。
その唇は青ざめ、膝ので握りしめた拳は激しく震えていた。 でも、その瞳の奥には、濁りのないが宿っていた。
「……あなた」
掠れた、今にも消えそうな声。
「あ?」
「この方の決めたことを、私たちが変えさせる権利はありません」
座敷の空気が、止まった。
正雄さんが、信じられないものを見るように目を見いた。
「……何だと?」
千鶴さんはく、震える息を吸い込んだ。 声の震えは止まらない。 背筋には恐怖が張り付いているのが見て取れた。 それでも、あのは線を畳に落とさなかった。 、度も逆らえなかった夫の目を、真っ直ぐに見据えていた。
「美穂さんは、ご自分のを自分で決めて、ここへいらっしゃったんです」
千鶴さんの言葉が、座敷の静寂に落ちていく。
「無理やり従わせようとしても、無駄です。
……私たちがやってきたことは、違っていたんですから」
「き、貴様……自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
正雄さんがちがり、千鶴さんを鳴りつけようとした。 だが、千鶴さんは目を閉じなかった。 縮こまっていた背筋を、わずかに伸ばし、夫の線を正面から受け止め続けた。
言葉を撤回することも、をげて許しを請うこともしなかった。
奇跡のような逆転ではない。 あのが夫を打ち負かしたわけでもない。 ただ、沈黙し続けてきたのが、初めて自分のでブレーキを踏んだ、その微かな、けれど確かな軋みだった。
私はちがった。
テーブルのの解約と、私の署名・捺印済みの類を正雄さんのへ残す。
「式へのキャンセル続きは、午に私が直接伺って完させます。費用の折半に関する請求は、私の弁護士を通じて直さん宛てにお送りします。今のご連絡は、すべて面にてお願いいたします」
母のを取り、座敷の襖へ向かった。
「待てよ、美穂!」
直が慌ててちがる音がした。 座敷をて、料亭の廊を歩き、玄関で靴を履く。 のたいのへ踏みした瞬、背から荒い息遣いと共に音が追いかけてきた。
「美穂! 美穂、待ってくれよ!」
料亭のをたところで、直が私の腕を掴もうとを伸ばしてきた。
私は振り返り、そのをややかに避けた。
直は肩で息をしながら、取り乱した顔で私を見ていた。