"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第12話
化けの皮が、音をてて剥がれ落ちていく。 そこには、面のいい、優しい婚約者の面など微もなかった。
「事務所? たかだか数の職使ってリフォームやってるだけのちっぽけな仕事が、うちの業より事だって言うのか!? 女の楽にいつまでも付きってられるかよ! 子供産んで、のことやって、親の嫌取ってりゃいいんだよ!」
「それが、あなたの本音だったのね」
私は震える拳を握りしめた。 りではなく、あまりのおぞましさに、全の産毛が逆っていた。
「私を尊するって言ったのは、全部嘘だったの?」
「嘘じゃないさ!」
直は歪んだ笑みを浮かべ、嘲るように私を見ろした。
「今はまだ、親父や祖父がきてるからな。あのたちのでは、俺だって従うしかないんだよ。理尽なことも、納得いかないことも、をげてやり過ごすしかないんだ!」
直は自分の胸をドンと叩いた。
「でもな、祖父がんで、親父がんだら、次は俺なんだよ! この森川のの頂点につのは俺なんだ! そのには、俺が全部を決める! 俺がルールになるんだよ!」
狂気にも似た傲さが、その瞳に宿っていた。
「族には順番があるんだよ。今は俺が従う番で、そのうち俺が決める番になる。おはそので、黙って俺に従っていればいいんだ!」
この男は、父親たちを軽蔑していたのではない。
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羨望していたのだ。 誰にも文句を言わせず、女たちを顎で指図し、絶対な権力を振るうその座を、喉からがるほど欲していたのだ。
耐え続けた母親の涙を見て育った息子は、救済者になるを選ばなかった。 次の暴君になるを選んだのだ。
喉の奥から、乾いた笑いが漏れそうになった。 あまりにも滑稽で、あまりにも醜悪だった。
私は直の目を、まっすぐに見据えた。
その瞳の奥にある、醜い支配欲の炎を、たく見つめ返した。
「……あなたがになったら」
静かに、呟くように問いかけた。
「私は、誰になるの?」
直は瞬、虚を突かれたようにきを止めた。 そして、さも当然といったに、で笑って言い放った。
「は? なに言ってんだよ。……もちろん、俺の妻だよ」
その瞬。
私ので、積みげてきた『直』というの残骸が、完全にとなって吹きんだ。
この男の言う『妻』とは、ではない。 という王座に就く男の元に侍る、名もなき所物の名に過ぎない。
私はゆっくりとバッグを持ちげた。
「……そう」
鍵を握りしめ、玄関へと歩きす。
「おい、美穂! どこへくんだよ! 話はまだ終わってないぞ!」
背から伸ばされた直のを、私は振り返りもせずに、鋭く払いのけた。
マンションのエレベーターがする力に、胃の腑がく引っ張られた。
へると、京都の夜が凍てつく刃物のように頬を切り裂いていく。 あの部の鍵を、コートのポケットの奥くに押し込んだ。
ろは振り返らなかった。 指先はえ切っていたけれど、界はこれまでののどんなよりも澄み渡っていた。
翌朝、私は事務所のデスクに座り、パソコンをちげた。 泣き腫らした目でベッドにうずくまるは、分たりとも惜しかった。
いたのは、結婚式との契約式と、内訳細のPDFファイル。 挙式まであとヶ。 約款の解約条項をずつ指でなぞる。
『挙式予定のからまでの解約:基本挙式料および会費用のパーセント、配済み印刷物・装等の実費全額』
卓を叩く。 発する違約と実費は、およそ万円。 付の万円は返されない。
胃の奥がキリキリと痛んだが、迷いはなかった。 通帳をき、事務所の運転資とは別に積みてていた個座の残を確認する。
払える。 自分のでってきたの労働が、私に自由を買い戻す権利を与えてくれていた。
そのの午、私は実へ向かった。
リビングのこたつに入り、い緑茶を淹れてくれた母に、私は契約のコピーと、昨夜の直の言葉をすべて包み隠さず話した。
母は静かに湯呑みを見つめたまま、私の話を最まで聞いてくれた。
世体を気にして取り乱すことも、直を庇うこともなかった。