"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第10話
「おい、美穂! 祖父の話はまだ終わってないぞ!」
背で直の鳴り声が響いたが、私は度も振り返らなかった。
ホテルのロビーへりると、母のがガクガクと震えていた。 くのラウンジに駆け込み、温かい茶を頼むと、母はカップを持つすら震わせていた。
「美穂……あんな、本当に丈夫なの?」
母の目には涙が溜まっていた。
「直さん、あんなじゃなかったじゃない。あんな……あんなの、まるで昔の封建な……あなた、結婚したら本当に殺されてしまうわよ」
「……うん」
「世体とか、式のキャンセル料とか、そんなのどうでもいい。お母さん、あそこへあなたを嫁がせるなんて絶対に嫌」
母の言葉を聞きながら、私は自分ののひらを見つめていた。 たく張った指先。 でも、議とのは、恐ろしいほど冴え渡っていた。
母をタクシーに乗せて実へ帰した、私はで条のたもとにっていた。
たい川が、容赦なくコートの襟元を吹き抜けていく。 スマホを取りし、千鶴さんへメッセージを送った。
『今すぐ、お話ししたいです。断られても、実へ伺います』
送信してから、わずか秒。 着信画面がった。
『条の詰、川沿いのさな喫茶にいます。今すぐ来てください』
引き戸をけると、カウベルがく鳴った。 内には客がもおらず、奥のテーブル席で、千鶴さんが両で顔を覆って座り込んでいた。
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音に気づいた千鶴さんが顔をげた。 その顔は、先ほどの料亭よりもさらにやつれ、目元は赤く腫れがっていた。
「……美穂さん」
向かいの席に座ると、千鶴さんは番、テーブルに額を擦り付けるようにしてをげた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。あので、私……言も、あなたを助けてあげられなかった」
擦り切れたような、掠れた声。
「あのたちのでは、声がなくなるんです。……何を言っても鳴られ、否定され、従わされて……体が、恐怖を覚えてしまっているの」
「お義母さん、顔をげてください」
私は淡な声で言った。
「同を買いに来たわけじゃありません。私は、直の本性をりたいだけです」
千鶴さんはゆっくりと顔をげた。 乱れた髪のから見える瞳には、底れない絶望のが滲んでいた。
「……直が、昔からあんな子だったわけじゃないんです」
千鶴さんは、独り言のように語り始めた。
「あの子が歳のでした。義父の法の準備で、私が朝から晩まで台所にたされて、がパンパンに腫れて……夜にで、台所の隅で泣いていたことがあったんです」
古い記憶を繰り寄せるように、千鶴さんの線が宙を彷徨う。
「ふと気づくと、直が起きてきて、私のろにっていました。さなで私のエプロンをぎゅっと握って……『お母さん、泣かないで』って。
『僕がきくなったら、お母さんを守るから。こんな、僕が変えるから』って、緒に泣いてくれたんです」
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
私が好きになった直。 の痛みに敏で、優しく微笑んでいたあのの原点は、確かにそこにあったはずだった。
「じゃあ、どうして……」
「変わってしまったんです」
千鶴さんの声が、激しく震えた。
「をて、学に入り、やがて父親の会社を伝うようになってから……あの子は、義父や夫の背を、じっと見つめるようになりました。あので誰が番偉くて、誰の言うことなら全員が従うのか。それを、恐ろしいほど徹に観察していたんです」
千鶴さんは自分の首を、痛々しいほどく握りしめた。
「先、実であの子ときりになった、私、聞いたんです。『どうして美穂さんに仕事を辞めさせようとするの? あなた、昔は私を助けるって言ってくれたじゃない』って」
「直は……なんて答えたんですか」
千鶴さんは目を閉じ、粒の涙をこぼした。
「あの子、たい目で私を見ろして、こう言ったのよ」
『母さんは何もやってきたんだろ。美穂だけできない理由があるの?』
『あのはでちやほやされて調子に乗ってるだけだ。森川のに入ったら、俺の言う通りにいてもらう。母さんだって、最は親父に従ってきてきたんだから文句言えないはずだろ』