"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第8話
「そのを収めるため?」
私はえ切った声で問い詰めた。
「じゃあ、結婚したはどうするつもりだったの? 親には『将来戻る』って期待させて、私には『京都にむ』って嘘をついて、両方の嫌を取ったまま入籍して……そのはどうするつもりだったの?」
直は答えなかった。 いや、答えられるはずがなかった。
千鶴さんの言った通りだ。 入籍してしまえば、式を挙げてしまえば、女は戻りできなくなる。 そうやって堀を埋めてから、「親が倒れた」「親が寂しがっている」と理由をつけて、じわじわと私を追い詰めて従わせる腹積もりだったのだ。
母親が、そうやって逃げを奪われていったのと同じように。
直はハッとに返ったように表を緩め、席をって私の隣に回り込んできた。 そして、私のえ切ったを、両で包み込むように握りしめてきた。
「美穂、落ち着いて。ね? 俺を信じてよ」
いつもの、甘えるような、頼りなげな笑顔。 女を懐柔するための、計算された優しさ。
「俺は美穂のことが好きなんだ。親戚付きいとか、同居の話とか、そんなの結婚したにでゆっくり話しって、しずつ調していけばいいじゃないか。俺がちゃんとに入るから。な? まずは結婚しよう」
そのの触が、鳥肌がつほど気持ち悪かった。
ゆっくり話しえばいい。
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から調すればいい。
その言葉の裏にあるのは、「既成事実さえ作ってしまえば、こちらのい通りにできる」という傲な計算だけだ。
私は、直の両をたく振り払った。
直のが宙に浮き、驚いたように目を見く。
私はちがり、婚約者の顔を真っ直ぐに見据えた。
「どうして、結婚するに決められないことが、結婚したら決められるの?」
静まり返った事務所に、私の声だけがく響いた。
直はを半きにしたまま、言葉を失ってち尽くしていた。
直は、宙に浮いた自分のをぎこちなく引っ込めた。
「……美穂」
困惑と、わずかな苛ちの混ざった声。 事務所の蛍灯の、あのの端正な顔ちに、見たこともない暗いが落ちていた。
「どうして極端に黒つけたがるんだよ。結婚って、そういう契約みたいなものじゃないだろ」
「契約よ」
私は線を逸らさなかった。
「誰と、どこで、どうやってきていくか。その根底のが取れていないのに、判を押せるわけがないでしょう」
「……やせよ」
直は吐き捨てるように言って、トレンチコートを乱暴にひったくった。
「来週には披宴の確認がある。親父たちも京都までてくるんだ。こんなくだらない話、そのになんとかしろよ」
ドアベルが激しく鳴り響き、音が階段を駆けりていく。
静まり返った事務所で、私はノートにかれたつの条項を見つめ直した。
黒いインクの文字が、まるで乾かない傷のように見えた。
披宴の打ちわせという名目で設定された席は、京都駅くの老舗ホテルの宴会個だった。
朱の絨毯に、な漆塗りの丸テーブル。 のには季節れの掛け軸が掲げられ、部に入った瞬から息が詰まるような線と古い畳の匂いが充満していた。
座の央にどっかりと腰をろしているのは、祖父の源さん。 その隣に父の正雄さん、隣に直。 千鶴さんは、仕の入りに最もい座の隅に、さく縮こまるように座っていた。
私側の席には、私の母が座っていた。 父をくにくし、女つで私を育ててくれた母は、普段着慣れない紺のスーツの膝を揃え、終始緊張した面持ちで両を握りしめている。
「まあ、いところをお越しいただきまして……」
母が姿勢にをげると、正雄さんは々しく顎を引くだけで、線すらわせようとしなかった。
挨拶もそこそこに、分い箔押しの表をテーブルに叩きつけたのは、祖父だった。
「まず、最初の挨拶じゃがな」
しわがれた、しかし無を言わせぬ太い声。
「郎側の親族を代表して、儂が分ほどを取る。森川のの成りちと、跡取りである直のこれまでの歩み、そしてこれからの覚悟を、列席者全員に叩き込んでおかねばならんからな」