"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第16話
貧しくて、隙の入るアパートで、夜にをしたあなたをおぶって坂を駆けがった夜も……全部、私のおしいよ」
指先にしだけ力を込める。
「の物差しで自分の価値を測らせちゃいけない。相がどんな名だろうと、どんな権力を振りかざそうと、私たちは何つ引け目をじる必はないの。……堂々と、胸を張ってきましょう」
「うん!」
梨は力く頷き、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬、私のから最のわずかな迷いが完全に消えった。
午半。
にほどい、横浜の老舗料亭『千歳庵』。 入れのき届いた本庭園を抜けると、打ちが施された黒塗りの玄関が現れる。
「いらっしゃいませ。青様でお揃いでしょうか」
着物姿の仲居に導かれ、私たちは庭に面した個『菊の』へと案内された。
磨きげられた柱。 のには季節の輪挿し。 障子をけ放てば、錦鯉が泳ぐ静かな池が見渡せる、格式い空。
掘りごたつの座敷に座り、お茶をすする。 隣に座る梨が、膝ので背筋をすっと伸ばした。
やがて、廊の軋む音がづき、引き戸のから声が響いた。
「黒田様がお見えになりました」
静かに襖がく。
先にって入ってきたのは、直さんだった。 濃紺のスーツにを包み、緊張で顔を張らせながらも、その瞳には逃げさない覚悟が宿っていた。
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続いて入ってきたのは、代表取締役の黒田正彦さん。 仕ての良いダークスーツを着こなしているが、腰をかばうように歩く姿には隠しきれない痛々しさがある。 そしてその表は、これから親睦の宴に臨む父親のものというよりは、な決断をす直の裁判官のように厳格だった。
そして、最に入ってきた物――。
黒田玲子さん。
見事な辻がの訪問着にを包み、帯には価そうな翡翠の帯留め。 髪を完璧に結いげ、顎をツンとに向けて部に入ってきた。
だが、私は見逃さなかった。
入した瞬、私の顔を捉えた玲子さんの瞳が瞬、異様なほどきく見かれ、それからサッと伏せられたことを。 完璧に施された化粧ので、元の筋肉が微かに引きつっている。 首筋に張り付いた緊張。 傲な仮面の裏側に、今にも爆発しそうな恐怖と焦燥が渦巻いているのが、に取るように分かった。
「初めまして、黒田でございます。本はお忙しい、このような席を設けていただき、ありがとうございます」
正彦さんが々とをげた。 私も梨とともに、丁寧に礼を返した。
「青でございます。こちらこそ、結構なお席をご用いただき、恐縮でございます」
全員が着席し、形式な挨拶が交わされる。 直さんが必にを取り持とうと、梨の仕事の話や、最の気候の話題を振る。
正彦さんもそれに穏やかに応じる。
だが、玲子さんだけは違っていた。
運ばれてきた先付にほとんどをつけず、たい線で私のスーツを、バッグを、そして私の元を、値踏みするように舐め回す。
そして、吸い物がげられ、鮎の塩焼きが運ばれてきた。
玲子さんは、狙い澄ましたようにカチリと箸を置いた。
「……それで、青さん」
部の温度が、気に数度がった。
「梨さんのお父様は、どちらのどなたなんです?」
個の空気が、完全に凍りついた。
直さんの顔が引きつり、正彦さんの眉が険しく寄せられる。 けれど、玲子さんは息子や夫の反応など目に入らないかのように、残酷な笑みを浮かべて私を見据えていた。
すべての計算が、私のでたく噛みう。
この女は今、自ら破滅の罠へとを踏み入れたのだ。 自分が最も恐れている過の霊を祓うために、番使ってはならない、卑劣な刃を振りろした。
私は膝ので両を揃え、ゆっくりと、呼吸をえた。
対決の瞬が、幕をけようとしていた。
「……梨さんのお父様は、どちらのどなたなんです?」
玲子さんの唇から放たれたその言葉は、たい刃物のようにの卓を裂いた。
息が詰まるほどの沈黙。 庭の池に落ちる鹿威しの乾いた音だけが、気に響いている。
「くなられたわけではないのでしょう? 先ほど、婚歴はないとおっしゃいましたし」