"顔合わせの個室で、相手の母親は私の過去に怯えていた" 第10話
リビングの空気が、ピタリと止まった。
直の眉が、怪訝そうに歪む。
「……は?」
喉の奥から、乾いた疑問が漏れた。
「……のの懐? 余計なことをほじくり返す……?」
直は歩、ずさりするように母親を見つめた。
「母さん、何を言ってるんだ? 『昔から』って、どういうことだよ」
玲子の顔から、さっと血の気が引いた。
「え……」
「青さんと会ったのは、今が初めてだろう? どうして『昔から』なんだ? なんで帳簿の仕事をしている青さんが、僕たちのを脅すなんて話になるんだよ!?」
弁護士としての直の直が、母親の言葉の致命な矛盾を捉えていた。
ただの柄差別にしては、母親の調には異常な怯えと憎しみが混ざりすぎている。 まるで、青里美という女性のそのものに、昔から脅かされてきたかのような物言い。
「そ、それは……」
玲子の線が、激しく泳いだ。 唇が刻みに震え、両が所なさを隠すようにエプロンをまさぐる。
「言葉の綾よ! そういう仕事をやってきたような女は、みんな同じような種だっていうよ!」
「嘘をつくな!」
直の声が、吹き抜けの井に反響した。
「母さんは、何かをっているんだ。青さんのことを、からっていたんじゃないのか!?」
「らないわよ! 何を馬鹿なことを言っているの!」
玲子はヒステリックに叫び、を塞ぐように両を当てた。
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「もういいわ! あなたがどうしてもあの女と結婚するというなら、私はこのをてきます! 親子の縁を切るわ! それでもいいのね!?」
都が悪くなると、いつもこうして被害者を装い、絶縁を盾に相を従わせようとする。 幼い頃から見せつけられてきた母親の常套段。
けれど、今の直には、その脅迫がひどく浅ましく、滑稽なものにしか見えなかった。
「……勝にしろよ」
直は氷のようにたい声で言い放った。
「母さんが親戚に嘘をばら撒くなら、僕がひとりに話をかけて、母さんの異常さを全部説する。梨さんと青さんを侮辱することだけは、絶対に許さない」
踵を返し、直は玄関のドアを乱暴にけて夜ののへとびしていった。
背で、玲子が崩れ落ちるようにソファーへ倒れ込み、爪を噛む音が響いていた。
夜11過ぎ。 私のさなマンションのダイニングで、梨と直さんがテーブルを挟んで座っていた。
びしょ濡れになって駆け込んできた直さんに、バスタオルを渡し、温かい姜湯を差しす。 直さんはカップを両で包み込んだまま、俯いて肩を震わせていた。
「……本当に、申し訳ありません」
掠れた声で、直さんがをげた。
「母が……親戚に話をかけて、青さんと梨さんの悪を……。僕がもっとく母を止めていれば、こんなことにはならなかったのに」
「直さん、顔をげて」
梨が静かに言った。 その表には、りよりも、い失望と静な観察が宿っていた。
「お母様が親戚に何を言おうと、私たちの婚姻届には何の関係もないわ。私が気にしているのは、そこじゃない」
梨は帳をき、ボールペンのノックをカチリと鳴らした。 検事として、事件の審点を理するの娘の癖だった。
「直さん。さっき話で言っていた、お母様の言葉……もう度正確に教えてもらえる?」
直さんは顔をげ、記憶を繰り寄せるように眉をひそめた。
「母は……『昔から、のの懐を嗅ぎ回って、余計なことばかりほじくり返すようなは碌なものじゃない』って叫んだんです。僕が問い詰めたら、らかに揺して、言葉の綾だって誤魔化そうとして……」
梨の線が、すっと私に向けられた。
「お母さん」
静かな、けれど逃げを塞ぐような娘の差し。
「お母様は、お母さんのことをってる。それも、最ったんじゃない。昔からっていたようなぶりだった」
私は湯呑みを見つめたまま、言葉を濁した。
「……さあ、どうかしらね」
「誤魔化さないで」
梨の声が、わずかに鋭くなった。
「直さんのお父様の会社は、医療器の販売。お母さんは、個で帳簿の理をしている。、お母さんが事務所の応援で、医療系の会社の帳簿を洗っていた期があったよね? あの、急に仕事が打ち切られたって、珍しく悔しそうに愚痴をこぼしていたのを覚えてる」