"私を大学へ通わせた義母と、二十年前の750万円" 第19話
階に到着し、静かな内廊を歩く。 角部のにち、バッグから鍵を取りそうとした、そのだった。
カチャリ、と内側から鍵のく音がした。
ドアが、すっとに引かれる。
「……やっぱり彩子ね。音で分かったわ」
エプロン姿の母が、鏡の奥の目を細めて私を迎えてくれた。 廊に、昆布と鰹節の効いた、温かいお汁の匂いがふわりと漂ってくる。 玄関のには、私の履き慣れた革靴のためのスペースが、然と空けられていた。
母の顔には、のあの怯えも、古いアパートで押し殺していた齢の疲れも、どこにもなかった。 ただ、自分の選んだ常を丁寧に紡いでいる、自したの女性の穏やかな顔があった。
「根、買ってきたよ」
私が袋をし持ちげて見せると、母は嬉しそうに頷いた。
「あら、ちょうどよかった。今夜はね、ブリのいいのがに入ったから、アラ炊きにしようとってたのよ」
母が横に退き、私を温かい部のへと招き入れる。
「おかえり、彩子」
その言葉の響きに、期の頃の慮も、恩を着せうような湿っぽさも、微も混ざっていなかった。 ただ、当たりの常を共する、本物の族の温もりだけがあった。
私は胸の奥いっぱいに、汁のばしい匂いを吸い込んだ。
「ただいま、お母さん」
靴を脱ぎ、部へとがる。
リビングの窓の向こうには、の夜空がどこまでも静かに広がっていた。
2,000万円で過を買い取ることはできなかった。 母が私に注いでくれたあの気のくなるようなと、失われた実の梅のを、銭で帳消しにすることなど最初からできるはずがなかったのだ。
とは、清算を迫る請求ではない。 受け取ったが、自分のでち、次の常を誰かと共に正しくきていくための、見えない標なのだ。
私は母の並べたつの湯呑みを見つめながら、温かいお茶にそっとを伸ばした。