"私を大学へ通わせた義母と、二十年前の750万円" 第11話
にび乗り、枚方へと向かった。 窓を流れる淀川の濁った面を見つめながら、私はスマートフォンの画面を握りしめていた。
母は今も、あの暗いアパートの部にいる。 「お父さんの名誉のためだった」 「あのを売ったことは悔していない」 そう自分に言い聞かせ、膝の痛みに耐えながら、も叔父の嘘を背負い続けてきたのだ。
もう、で抱え込ませるわけにはいかない。 真実を突きつけて母を傷つけることになるかもしれない。 それでも、誰かの醜い嘘のに成りつ平穏など、絶対に本物の平穏ではないはずだ。
夕方のを回った頃、私は母のアパートの鉄骨階段を駆けがっていた。
階の踊りに着くと、ドアの隙からかすかに醤油の焦げる匂いが漏れていた。 インターホンを鳴らす。 数秒の静寂の、鍵がれるい属音が響いた。
「……あら、彩子? 今はもう帰ったんじゃなかったの?」
ドアをけた母は、昼と同じあせたエプロンをつけていた。 私の顔を見るなり、何かを察したように線を泳がせ、それから慌てて笑顔を作った。
「ちょうどよかったわ。根と油揚げを炊いたのよ。ご飯、べていくでしょう?」
「……うん。べる」
私は靴を脱ぎ、狭い玄関をがった。
畳の居には、さな茶ぶ台がすでに拭かれて置かれていた。
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台所からは、鍋からちる湯気と、換気扇のカタカタというい回転音が響いている。 母は何も聞かなかった。 昼の本料理での修羅も、私がびしていった理由も、まるで最初からなかったことのように振るっている。 それが母のき方だった。 都の悪いこと、痛ましいことには蓋をして、何事もなかったかのように事の支度をする。
「お母さん、私が運ぶよ」
「いいのよ、座ってなさい。教授先に台所仕事なんてさせられないわ」
母はそう言って笑い、しを引きずりながら、鉢をつ茶ぶ台に並べた。 染みひとつない方形のまな板。 使い込まれて底が丸くなった平鍋。 その慎ましい活のすべてが、母が払ってきた犠牲のきさを無言で物語っていた。
私たちは向かいって座り、をわせた。
「いただきます」
根をに運ぶ。 汁がしっかり染みていて、しだけ甘い。 子どもの頃から変わらない、母のだった。
「……美しいよ」
「そう? よかった。最、し付けが濃くなっちゃったかとってたのよ」
母は嬉しそうに目を細め、自分の茶碗に箸を伸ばした。 、と箸をかす、テレビの気予報の音だけが部を満たしていた。
私は呼吸をつし、膝ので握りしめていたを茶ぶ台のに置いた。
「お母さん」
母の箸が、ぴたりと止まった。
「……何よ、改まって」
「今、王寺で森直美さんに会ってきた」
母の瞳が、見かれた。 顔から急速に血の気が引いていくのが、暗い蛍灯のでもはっきりと分かった。
「……直美さんって、あの……昔の会社の?」
「そう。お父さんがきていた頃、ずっと経理をしていた直美さん」
私はバッグから、直美さんに確認してもらった類の束を取りした。 茶ぶ台の端に、静かに置く。
「直美さん、全部覚えてたよ。、設備管理で何が起きていたのか。あの会社を破綻寸に追い込んだのは、お父さんじゃない。お父さんは、叔父さんが勝にめようとしていた無謀なリース事業に、ぬ直まで反対していた」
「彩子、やめなさい」
母の声が震えていた。 茶碗を持ったが、かすかに刻みに揺れている。
「聞きたくないわ。もう終わった話だって言ったでしょう」
「終わってない! お父さんが遺した借なんて、最初から円もなかったのよ!」
私の声が、狭い部に鋭く響いた。
「叔父さんが自分の見通しの甘さで焦げ付かせた数千万円の穴埋めのために、お父さんのを利用したの。お母さんを脅して、お父さんの名誉が汚れると嘘をついて、百万を奪い取ったんだよ!」
「違う!」
母が叫んだ。 く緒に暮らしてきて、母がこんなにきな声をしたのを、私は度も聞いたことがなかった。
茶碗が茶ぶ台のにことんと置かれた。 母の両肩が、激しくしている。