"私を大学へ通わせた義母と、二十年前の750万円" 第9話
母は、その言葉の呪縛に囚われ続けてきたのだ。 自分が銭を切り、親の形見のを失い、貧しい暮らしに耐え抜くことで、き夫の尊厳を守ったのだと自分に言い聞かせてきた。 そう信じなければ、自分のの半分を差ししたがなくなってしまうから。
だが、私の胸のの疑は、確信へと変わっていた。
父は、そんな無責任な経営をするだっただろうか。 几帳面で、を叩いて渡るような性格だった父が、自分のに会社が吹きぶような致命な負債を、本当に遺していったのだろうか。
自に戻った私は、喪失の記憶が詰まった古い引きしをけた。 父がくなったに引き取った、私物の詰まった段ボール箱。 その番奥にあった、革張りの名刺入れを取りした。
黄ばんだ名刺が何枚も並んでいる。 父が、取引していた建材メーカー、管事業者の名。 そのに、枚だけ、私自も見覚えのある名があった。
『設備管理株式会社 経理担当 森直美』
父がきていた頃、会社の事務所に遊びにくと、いつも私にお菓子をくれた柄な女性だ。 父の几帳面な性格をよく理解し、会社の帳簿を何もで預かっていた。
名刺の裏には、父の几帳面な文字で、退職の私用連絡先としき固定話の番号がメモされていた。
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の番号だ。今も繋がる保証はない。 だが、現の設備管理の帳簿が叔父によって改ざんされていたとしても、当、実際に数字を打ち込んでいたの記憶までは消せないはずだ。
私は祈るようないで、受話器をに当て、番号をプッシュした。
い呼びし音が回、回と鳴る。 諦めて指をそうとした瞬、カチャリと受話器ががる音がした。
『……はい、森ですが』
掠れた、だが聞き覚えのある落ち着いた女性の声だった。
「夜分遅くに変失礼いたします。突然のお話をお許しください。……私、正雄の娘の、彩子と申します」
話の向こうで、息を呑む気配がした。
『……まあ、彩子ちゃん? 本当に、正雄さんのところの……?』
「はい。突然で本当に申し訳ありません。どうしても、父が関わっていた会社のことで、直美さんにお聞きしたいことがありまして……」
私が事を簡潔に説すると、直美さんはい沈黙の、静かに言った。
『……話では、お話しできません。の午、もしおがあるなら、王寺のほうまで来られますか?』
翌の午。 王寺駅くの、昔ながらの喫茶。 煙の煙と珈琲の苦いりが漂う暗い内の片隅で、森直美さんは待っていた。
代半ばを過ぎているはずだが、背筋がすっと伸びており、な目元には当の面がしっかりと残っていた。
「彩子ちゃん……いえ、もう学の先をされているんですってね。派になられて」
直美さんは目を細め、運ばれてきたアメリカンコーヒーにミルクを入れた。
「急なお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございます」
私はをげ、バッグからあの750万円の契約と振込用のコピーを取りし、テーブルのに広げた。
直美さんは鏡をかけ、元に引き寄せたをじっと見つめた。 数秒、そのからいため息が漏れた。
「……やっぱり、このおだったのね」
その言に、私の臓がねがった。
「ごだったんですか?」
「ええ。正雄さんがくなられてすぐ、会社の座に幸子さん個から750万円というが振り込まれたのことは、鮮に覚えています。当の帳簿は『役員借入』として処理させられましたから」
「叔父は……隆志社は、父が遺した借を清算し、会社の名誉を守るために母が自発に貸してくれただと言っていました。母も、そう信じ込まされています。父は、そんな巨額の負債を遺してくなったんですか?」
私の問いに、直美さんは静かに首を横に振った。 その表には、押し殺してきた苦渋が滲んでいた。
「正雄さんは、そんな無責任な経営をする方じゃありませんでしたよ。むしろ逆です。会社の資繰りを破綻寸に追い込んだのは……隆志さんの方です」
「……え?」
目のが、急速にを失っていく覚がした。