"私を大学へ通わせた義母と、二十年前の750万円" 第8話
叔父は額にじっとりと脂汗を浮かべ、喉仏をさせた。 線が定まらず、茶ぶ台ののビールグラスとのを激しく往復している。
「……そ、それは……昔の話だろ。何を今さら、もの……」
「に返済されるはずだったおです。今から。通帳の記録をすべて確認しましたが、会社から母の座へ、まとまった入は度もありませんでした」
「彩子、やめなさい!」
母が叫ぶように私の腕を掴んだ。 その顔は蒼を通り越し、唇までに変していた。
「もういいの! あの話は、私が納得して終わったことなんだから! お願いだから、もう……」
「終わってないよ、お母さん」
私は母のを、そっと、だが力くほどいた。
「お母さんは自分の実を売った。両親が遺してくれた、たったつのを売り払って、元に残ったおの半分以をこのに渡したのよ。私の学費のためじゃない。この会社のために!」
私が叔父に向き直ると、男の顔は急速に赤黒く染まりがっていた。 狼狽が、醜悪なりへと反転していく。
「……調子に乗るなよ、彩子!」
叔父が茶ぶ台を拳で叩いた。 ビールグラスがね、黄い液体が畳のにこぼれ落ちる。
「おが学にけたのは誰のおかげだとってるんだ! あの、兄貴がんで会社が潰れかけてたんだよ! 俺が必にをすすって、会社を続させたからこそ、のが破産せずに済んだんだろうが! 幸子さんだって、兄貴の名誉のためにをしたんだ。
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当事者の幸子さんが何も言わんのに、おみたいな娘がを挟む筋いはない!」
「父の名誉?」
「そうだ! 兄貴の遺産もろくにないで、俺が全部背負ってやったんだ! 恩らずが! 学の先になったからって、親戚を見しやがって……!」
唾をばしながら喚き散らす叔父の姿を見つめながら、私は奇妙なほど静だった。 この男は、何も答えていない。 750万円が何に使われたのか、なぜ返済しなかったのか、その肝な部分を、すべて「族の」と「兄貴の名誉」という言葉のゴミ箱のに放り込んで煙に巻こうとしている。
「……帰ります」
私はちがった。
「おい、待て! 話は終わってないぞ!」
「いいえ、終わりました。融資の件は正式にお断りします。それから叔父さん」
私はバッグを持ち、の引き戸にをかけた。
「父が残した会社を守ったとおっしゃるなら、当の会計記録をきっちり調べさせていただきます。母のおが、本当に父のために使われたのかどうかを」
「な……っ! 貴様、誰に向かって……!」
鳴り声を背で受け止めながら、私は母の肩を抱き、逃げるようにをびした。
タクシーの内は、苦しい沈黙に支配されていた。
母は窓のを見つめたまま、言も発しなかった。 枚方へ向かう国沿いの並みが、夕暮れの鈍に染まっていく。
「……お母さん」
私が静かに呼びかけると、母はびくっと肩を揺らした。
「らないで聞いて。私、お母さんを責めてるんじゃないの」
母は膝ので丸めたハンカチを、爪がくなるほどく握りしめていた。 震える唇から、絞りすような声が漏れる。
「……もう、調べないで」
「え?」
「お願いだから、あの会社のこと、もう調べないでちょうだい……」
母が私の方を振り返った。 その目には、涙が溢れていた。 だがそれはしみの涙ではない。何か恐ろしいものがのに晒されるのを極度に恐れる、底れぬ怯えだった。
「お父さんの名誉のためだったのよ。あの会社が潰れたら、お父さんは取引先に迷惑をかけたままんだ無責任なだって、世からろ指を指されるところだったの。親戚からも、お父さんが悪く言われるところだったのよ」
「……誰が、そんなことを言ったの? 叔父さん?」
母は答えず、再び顔を背けた。
「あのを売ったことは、悔してないわ。それで会社が助かって、お父さんの名が守られて……彩子も学にけたんだから。それでいいの。もう済んだことなのよ」
それ以、母は何も話そうとしなかった。
アパートので母をろした、母の背はいつもよりずっとさく見えた。 錆びた鉄骨階段を、段段、膝の痛みに耐えながらっていく母のろ姿。
お父さんの名誉。 世体。 親戚からのろ指。