"頭からビール、五十人が平伏す" 第9話
その瞬、君代の瞳が、すぐ横につの静かな横顔を捉えた。
昨夜、からビールを浴びせられ、髪を掴まれて引きずりろされても、決して目を伏せず、誇りを捨てなかったの姿。
君代の胸の奥で、何かが弾けた。
「……してッ!」
君代は掴まれた腕を、全の力を込めて振りほどいた。
驚く若い衆を尻目に、君代はを蹴り、のへと歩踏みした。
「ちゃんを同窓会に誘ったのは、勢子さんに言われたからなのッ!」
君代の叫びが、狭い事務所のに響き渡った。
「ちゃんを保証にするって……そうしないと、私の借を族に取りてにくって脅されたから……!」
勢子の目が、狂気じみて吊りがった。
「な、何を言いしてんのよッ!」
君代の震える指先が、胸に抱えていた黒い鞄の具を、カチリと音をてて力くした。
「でも、私……抜いてなんかいない! 預かったおは、全部勢子さんに渡した! ここに、全部つけてあるッ!」
鞄の底から取りされたのは、角が擦り切れ、垢で汚れた冊のさな黒い帳だった。
君代はそれを両でく掲げ、の胸元へと差しした。
勢子の顔が、瞬で気へと変わった。
「あんた……まだそんなもの……! やめなさいッ!」
勢子は受話器を放りし、帳を奪い取ろうと狂ったようにびかかった。
だが、のにちはだかった若い衆が、勢子の両をとっさに力く掴んで制止した。
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「しなさいよッ!」
その混乱の、は君代のから、黒い帳を静かに受け取った。
ページをめくる指が、あるので止まる。
「……『、畑万、うち万、勢子さんに直接』」
の静かな声が、張り詰めた部に落ちた。
ソファの鏡の男が、ハッと息を呑んで顔をげた。
「お、俺も……奥さんに、直接渡しました……」
言ってしまってから、男は慌てて両でを押さえた。残りのも、観したようにく項垂れ、さく頷いた。
勢子は掴まれた腕を激しく振り乱しながら、若い衆に向かって切り声をげた。
「何ボサッとしてんのよッ! その帳を取りげなさいッ! あんたたち、誰の飯をわせてもらってるとってんのよッ!」
だが、若い衆の誰としてかなかった。
は静かに帳を閉じると、戸の若い衆へと向き直った。
「組を、呼んでください。この帳面を、見てもらいます」
勢子のが、抜けにポカンといた。
「う……うちのを……?」
若い衆のがに転がっていた受話器を拾いげ、ホテルの代表番号を回した。
「組、すぐ事務所へ戻ってください。……姐さんが、見てほしい帳面があると仰っています」
受話器が置かれた瞬、青ざめた勢子は、ジリジリとずさりを始めた。
次の瞬、勢子はを翻し、鉄扉に向かって脱兎のごとく駆けした。
しかし、戸にっていたの若い衆が、逃げようとする勢子の両腕を瞬に掴み、へとねじ伏せた。
「しなさいよッ! あんたたち、でどうなるか分からないわよッ!」
どれほど喚き散らしても、若い衆の腕はビクともしなかった。
その、階段のから、コンクリートを激しく蹴てて駆けがってくる荒い音が響いてきた。
ドカンッ!
鉄扉が壁に激突するほどの勢いでけ放たれた。
肩で激しく息を乱した熊切広文が、血相を変えてび込んできた。
「何の騒ぎだッ!?」
は無言のまま、帳のかれたページを指差し、広文のへと差しした。
広文は両で震えながらそれを受け取り、そこに記されたに目を落とした。
帳を持つ広文の指先が、刻みに震え始める。
広文はソファの鏡の男へと、射抜くような鋭い線を向けた。
「おい……おは、誰にを払った」
男は震えがり、に額を擦り付けた。
「お、奥さんに……直接、渡ししました……!」
広文のこめかみに、りの青筋が太く浮きがった。彼はにねじ伏せられている勢子を見ろし、腹の底から声を絞りした。
「お……! 掠め取ったを、堅気の女に着せたのかッ!?」
その号が、事務所の窓ガラスをビリビリと震わせた。
勢子は腕を押さえられたまま、顔を歪めて夫へと叫び返した。
「私のよッ! 私が取りてたんだから、私のものじゃない! それに……組のためだとってやったのよ! 堅気からむしり取って罪を着せて、何が悪いのよッ!」