"頭からビール、五十人が平伏す" 第7話
それから数分。
広文に首をく引かれ、をもつれさせながら、勢子が部から引きずりされてきた。
廊にまだ呆然とち尽くしていた君代のを通り過ぎようとした、勢子のがピタリと止まった。
勢子は広文の制止を振り払うようにして、君代の元へと顔を寄せ、毒蛇のようない声で囁いた。
「……余計なこと喋ったら、ただじゃ置かないからね」
君代は息を呑み、抱えていた鞄をさらにく胸に抱きしめ、線をへと落とした。
広文が勢子の腕を力任せに引いた。
「何グズグズしてやがる! 帰るぞッ!」
広文は額のや汗を拭いもせず、荒い息を吐きながら吐き捨てた。
「丸熊の帳簿は、の朝番で全部本に見てもらうからな! 姐さんに棒引きを約束したんだ! 借りの支払い記録と、全部突きわせるぞ!」
その言葉を聞いた瞬、勢子のが、まるで氷漬けにされたかのように凍りついた。
彼女の線が、君代が胸元に固く抱え込んでいる黒い鞄の具へと、鋭くった。
その夜遅く、熊切の自宅。
畳のの央、古びた茶ぶ台のに置かれたコップ酒を、広文は息に煽り、荒々しく卓に叩きつけた。
「……の朝、会に破されるかもしれねえ」
畳のに正座し、縮こまっていた勢子が、恐る恐る顔をげた。
「……わ、私も、どこかへ連れてかれるの?」
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広文は眉にい溝を刻み込み、井を仰いでい溜息を吐きした。
「姐さんはな……堅気の揉め事に首を突っ込んだことが度もねえお方だって話だ。本の極たちも、姐さんのその線だけは絶対に侵さねえ」
その言葉を聞いた瞬、勢子の細い目が、見かれた。
『堅気のには、をさないでください』
宴会で、のヤクザをにしてが放ったあの言が、勢子の脳裏に鮮やかに蘇った。
勢子は膝にを当て、勢いよくちがった。その顔に、再び邪悪なが灯る。
「……これよ」
広文が怪訝そうに眉をひそめて見げた。
「何がだ?」
勢子は背を向け、元に浮かんだ笑みを暗がりのに隠した。
「……なんでもないわ」
広文は妻の異変に気づくこともなく、い溜息とともに瓶からコップへと酒を注ぎした。
「会はな、切の容赦がねえお方なんだ。昔、本の名を勝に騙って、敵対組織からをむしり取った傘の組を晩で板ごと叩き潰しちまったんだからな……」
だが、その夫の怯える声は、もはや勢子のには届いていなかった。
勢子は静かに居を抜けすと、暗い廊の突き当たりにある黒話のへと向かった。
受話器を取り、受話器をに当てると、慣れたつきでジーコ、ジーコとダイヤルを回した。
「もしもし。
……私よ。の昼、丸熊に来なさい」
く用件だけを告げて受話器を置くと、髪を入れずに次の番号を回す。
本目の通話を終え、受話器をフックに戻した、勢子は暗い廊で声を忍ばせて笑った。
「くすっ……あははっ! 堅気の私に、極がしできるわけないじゃないの!」
翌の昼。
駅の級ホテルの最階、静まり返った客の話が、けたたましいベルの音を響かせた。
ベッドサイドのテーブルから受話器を取りげ、はに当てた。
『もしもし? ぇ?』
受話器の奥から、喉を鳴らすような勢子の嘲笑が聞こえてきた。
『君代がね、うちの会社のおを横領して抜いてたのよ。今、うちの事務所に連れてきてるわ』
受話器を握るの指先に、すっと力がこもった。
『警察に突きされたくなかったら、あんたで来なさい。もし本のヤクザをでも連れてきたら、警察を呼んで全部喋るからね。駅の丸熊商事よ。待ってるわ』
受話器の向こうから、息を呑むような微かな擦れの音が聞こえた。君代がそこにいる証拠だった。
ツーツーという切断音をにして、は静かに答えた。
「きます」
受話器を置いたは、ちがると、今のために用していた染めの島紬の帯を、鏡ので丁寧に締め直した。
部をて、同じ階の奥にある特別のドアのへとむ。
け放たれた扉の向こうでは、広文がに額がつくほどくをげ、直の姿勢を保っていた。