"「農家の娘」を15分で追い出した義母の誤算" 第16話
「何の御用でしょうか、子さん」
淡に、事務に返した。
受話器の向こうで、ヒッ、と息を呑む音がした。 そして、次の瞬、堰を切ったように、あの聞き慣れた切り声が受話器から溢れしてきた。
『あんた……! よくも、よくもそんな平気な声がせるわね! 自分が何をしたのか分かっているの!?』
声は震え、呂律が怪しくなっていたが、そこに込められた傲さと勝さは、26と何ひとつ変わっていなかった。
『拓也が……うちの息子が、自己破産することになったのよ! 会社も取られて、も追いされて! 私たちが今、どんなみじめな暮らしをしているかってるの!? 狭くて当たりの悪い団で、毎カップ麺をすするような活よ! あんたのせいで、私の老はめちゃくちゃよ!』
私は何も言わず、ただ無言で受話器を握っていた。
『だいたいね、あんたはうちの嫁だったのよ! うちの息子が困っているに、実のすら差しさないで、自分だけさっさと逃げすなんて……! 農の娘のくせに、息子が困ってるに見捨てるなんて、として恥ずかしくないの!?』
農の娘のくせに。
その言葉を聞いた瞬、私の脳裏を過の無数の景が駆け巡った。
結婚の挨拶にった。 『もっと釣りうお嬢さんがいるとっていたのに』と吐き捨てられたあの。 張だと嘘をついた夫の横で、『15分以内にしてきなさい』と婚届を突きつけてきたあの夕暮れ。
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かつての私なら、泣きながら弁解していただろう。 「私も必で働きました」「会社の借をこれ以背負えなかったんです」と、理解してもらおうと必に言葉を探していただろう。
だが、今の私には、そんな言葉は文字も必なかった。
私は静かに息を吸い込み、夕暮れに染まる庭の柿のを見つめながら、平然とをいた。
「農の娘だからこそ、借りたおは返さなきゃいけないって教わってきました」
受話器の向こうの喚き声が、ピタリと止まった。
「自分が返せない借まで引き受けるのは、族を切にすることとは違います」
私の声には、りも、嘲笑も、みもなかった。 ただ、畑に種を蒔けば芽がて、が来ればがるのと同じ、かしようのない自然の理を述べるような、圧倒な静けさ。
「……え?」
義母の喉から、掠れた声が漏れた。
「の丈にわない見栄を張り、返せないおを借りて、の善や財産をいつぶすことを、私の実では『棒』と呼びます。……にまみれて働いてきた私の両親は、貧しくても、度たりとものおを誤魔化したことはありませんでした」
「あんた……何を……」
「お話しすることは、もう何もありません。度と、この番号にはかけないでください」
カチャリ。
私は受話器を、静かにフックへ戻した。
鳴りつけることも、罵倒し返すこともせず、ただ、正論という名の分い鉄の扉を、相の目ので完全に閉ざした。
相に反論の余すら与えない、完全な拒絶。 座をさせるよりも、を奪い返すよりも、はるかに残酷で、痛烈な撃だった。
私はそのまま話の横にある設定ボタンを押し、直の着信番号を着信拒否リストへと登録した。
ツーツーという無質な子音が途切れ、居には再び、穏やかな静寂が戻った。
翌朝、私は姉と緒に、実の裏に広がる畑にていた。
がりたのは、踏みしめるたびにザクザクとい音をてる。 え切った澄んだ空気が、肺の隅々まで染み渡り、の芯を鋭く覚させていく。
「織、そっちのネギ、抜き終わったら根元のを落としてコンテナに詰めておくれ!」
しれた所で、姉が腰をかがめながら声を張りげた。
「わかった!」
私はゴム袋をはめ、に濡れた太いネギのい茎をしっかりと掴んだ。 の抵抗をじながら、真っ直ぐにへと引き抜く。
ボフッという鈍い音とともに、黒々とした肥沃ながほぐれ、太く瑞々しいネギが姿を現した。 根元には、びっしりと元気な髭根が伸びている。 寒さに耐え、じっとので蓄えられた、凝縮された命力。
コンテナに並べながら、ふと、自分の元に線を落とした。
袋をすと、指先は寒さでし赤くなり、のひらにはしいタコができ始めていた。
爪のには、洗い落としきれなかったの粒子が、黒い筋となって残っている。
26、恥ずかしいとい続けていた。 「農の娘」という自を覆い隠すために、必で都会の主婦のふりをし、誰かの顔を窺って縮こまっていた、あの卑屈な々。
けれど、私を最に救ってくれたのは、誰でもない。 このだった。
のみをり、作物の価値を見極め、契約のさを守り抜く、この臭いの力だった。
「織、何ぼさっとしてんだい! くしないと荷のに遅れちまうよ!」
姉が笑いながら、のついた根を放り投げて寄越した。
「今くよ!」
私は根をしっかりと受け止め、ちがった。
見げた群馬の空は、どこまでもく、どこまでも青く、遮るものは何ひとつなかった。
たい空っが吹き抜けていく。 けれど、もう私の背筋が寒さで縮こまることはなかった。
歳になるまでは、どうすれば自分が農の娘だということを忘れさせられるかばかり考えていた。
歳を過ぎた今、私はようやく、そのことを誰にも詫びる必がないのだとった。