"「農家の娘」を15分で追い出した義母の誤算" 第1話
目のに滑り込んできたのは、見慣れない緑のだった。
乾いた片がテーブルの目を擦る、カサリという微かな音。
央に太く印刷された文字が、容赦なく界にび込んでくる。
『婚届』
「15分以内にしてきなさい。役所の窓、5に閉まるわよ」
腕を組み、仁王ちになった義母が私を見ろしていた。 元には、隠そうともしなかった侮蔑と、それを覆い隠すほどの歪んだ優越が張り付いている。
壁掛け計の針は、午445分を指していた。
埼玉のの夕暮れはい。 窓のはすでに墨のが溶けし、え切った隙がカーテンの裾を揺らしている。
テーブルのに置かれた緑の用に線を落とした。
夫の署名欄には、見慣れた几帳面なフォントのような字で、すでに名が記されていた。 印鑑も寸分の狂いもなく、鮮な朱肉の赤を残して押されている。 証の欄には、目のにつ義母の震えるような達。
今朝く、夫は「福岡へ泊の張だ」と言ってトランクを引いてをた。 事な取引先との会だと、私にはそう告げていた。
その夫が、あらかじめこのに名をき、自分の母親に託していったのだ。
「ぼさっとしてんじゃないわよ。息子の気が変わらないうちに、く席を抜きなさい。……だいたいね、あんたみたいな農の娘が、うちの嫁として26も居座れたこと自体が奇跡なのよ」
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義母はを鳴らし、わざとらしくため息を吐きした。
「うちの息子もようやく目が覚めたの。教養があって、実が太くて、会社の力になってくれる本物のお嬢さんと会えたんだから。いじりしか能がない女は、さっさとを引くのが筋でしょう?」
喉の奥が、砂をみ込んだようにカラカラに渇いた。
普通の妻なら、ここで泣き崩れるのだろうか。 張だと嘘をついて裏でこんなものを用していた夫の実を問い詰め、義母に取り乱して叫ぶのが、世般の反応なのかもしれない。
けれど、私の胸に広がったのは、涙でも激昂でもなかった。
ただ、氷の塊を胃の底に呑みしたような、徹な静寂だった。
エプロンのポケットにを入れ、スマートフォンのい角をぎゅっと握りしめる。 指先の覚を確かめながら、私はテーブルの婚届をゆっくりと引き寄せた。
夫の直。実印。証の署名。 類に備はない。 夫が自らので、この婚姻を終わらせようとしているかぬ証拠。
私は顔をげ、義母の濁った瞳を正面から見据えた。
「わかりました。ちょうどよかったです」
「……は?」
義母の喉から、の抜けた音がた。 組みかけた腕がわずかにほどけ、張り付いていた勝ち誇った笑みが、ぴきりとひび割れる。
私はそれ以、言も発しなかった。
婚届を丁寧につ折りにし、バッグの底へ滑り込ませる。
壁にかかっていた古いウールのコートを羽織り、マフラーを首に巻いた。
背で義母が何かを喚き散らそうとしていたが、私のにはもう、羽虫の羽音ほどにも届かなかった。
玄関のドアをけると、凍てつくの空気が頬を打った。 私は度も振り返らず、夕が迫る宅の舗装を、役所へ向かって歩きした。
役所までは、競歩にい速度で歩いて10分。
吐きす息がい塊になって、たいに千切れていく。 肺の奥に気が差し込むたび、26にわたって私の胸にこびりついていたい鉛が、音をてて剥がれ落ちていくような気がした。
夫は張と言ってをた。 だが、そのトランクに詰められていたものを、私はっている。
張用のビジネススーツなど着も入っていなかった。 皺ひとつないアイロンがけされたブランド物のカジュアルシャツ、派なスラックス、そして普段はつけない価な。 おまけに、がけの義母の浮かれようはどうだ。
『向こうで美しいものでもべて、ゆっくり羽を伸ばすのよ』
息子の張を送りす母親の言葉ではなかった。 まるで、婚旅へ向かう息子を祝福するような顔だった。
義母は焦っていたのだ。 相の女性にく私を追いすよう迫られ、夫が留守の隙を見計らって、独断で引きを引いた。