"姉の身代わりで謝罪したら「最初からあなたをご指名です」" 第10話
私はメモも残さず、スニーカーの紐を固く結び、静かに玄関の鍵をけてにた。
朝の川越の空気は、澄んでいてたかった。 駅までのを歩きながら、私は何度も胸にを当てた。 誰にも引き止められない。 誰の嫌も伺わなくていい。 ただそれだけのことが、胸が痛くなるほど自由だった。
幹線と特急を乗り継ぎ、列があいを抜けていくにつれて、窓の景はコンクリートの並みから、青々とした田園とい緑の々へと変わっていった。
くに見えるアルプスの並みは、頂のあたりにまだいをうっすらと残し、の気配を孕んだ青空に堂々とそびえっている。
午過ぎ。 列は、野県曇野の穂駅に滑り込んだ。
改札をると、改札のすぐ脇に、背筋を伸ばしてっている松本さんの姿があった。 落ち着いたチャコールグレーの綿のシャツに、チノパン。 私の姿を見つけると、ぱっと表をらげ、りでこちらへ歩み寄ってきた。
「奈緒さん。旅、お疲れ様でした」
その穏やかな笑顔を見た瞬、朝から張り詰めていた私の肩の力が、ふっと抜けていくのが分かった。
「松本さん……こんにちは。今は、お招きいただきありがとうございます」
「かったでしょう。の乗り継ぎ、変じゃありませんでしたか?」
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「いえ、窓からの景がとても綺麗で……あっというでした」
嘘ではなかった。 息の詰まる埼玉かられ、を越えるごとに、自分のの澱んだ空気が入れ替わっていくような気がしていた。
駅のロータリーには、し砂埃をかぶったいライトバンが止まっていた。 部座席には、きれいに折りたたまれた段ボール箱が積まれている。 方のを支える、働くためのだ。
「活丸しのですみません」 松本さんは苦笑しながら助席のドアをけてくれた。 「いえ、素敵です。お仕事のなんですね」
に乗り込むと、内にはかすかに甘い、煮詰めた果物のりが染み付いていた。 松本さんがエンジンをかけると、は滑らかにりした。
沿いには、を流れる清らかなが陽を反射してきらめき、刈り入れを待つ黄の稲穂がに揺れていた。 くに見える々はどこまでもく、埼玉の宅の狭い空とは比べものにならないほど広だった。
「私の母が、で待っています」 ハンドルを握りながら、松本さんが言った。 「母はしおしゃべりですが、どうか気を使わないでくださいね。今はあくまで、奈緒さんに私たちの仕事を見ていただくためのですから」
「お母様……緊張します」
「丈夫ですよ。お祖母様の話をしたら、とても懐かしがっていましたから」
は分ほどり、裾の緩やかな傾斜にある、造の平建ての建物ので止まった。
『松本果実芸』
控えめなの板が掲げられた敷には、丁寧に入れされた庭と、荷積み用のさなトラックが台まっていた。 奥にはさな果園が広がり、赤くづいたリンゴのが規則正しく並んでいる。
をりると、建物の勝から、エプロン姿の柄な女性がてきた。 髪をきれいに撫でつけ、に焼けた丸い顔に、い笑いジワを刻んだ女性。 松本さんの母、芳さんだった。
「まあまあ、よくいらっしゃいました」
芳さんは、私の顔を見るなり、目尻をげて駆け寄ってきた。
「いところ、本当にありがとうねぇ。、疲れたでしょう」
「初めまして、川奈緒と申します。本は急にお邪魔してしまい、申し訳ありません」
私が々とをげると、芳さんは慌ててを振った。
「やあねぇ、そんな畏まらないで。登紀子さんのお孫さんなら、うちにとっては切なお客様なんだから。さあさあ、はしがたくなってきたから、に入って温かいお茶でもんでちょうだい」
実の母のように、からまで値踏みするようにを見る線は、どこにもなかった。 ただ、くから来てくれた客をから歓迎する、温かいもてなしの目だった。
通されたのは、事務所の奥にあるさな応接スペースだった。 磨きげられた無垢材のテーブルのには、淹れたてのほうじ茶と、で作られたという杏の甘煮が鉢に盛られてされた。