"「妻のヒモになれ」と笑われた夜、専務が頭を下げた" 第16話
私は机のの類を、両で静かに押し戻した。
「……社。に余るご提案、より謝申しげます。ですが、私は本部の管理職になるつもりはありません」
社が驚いて目を見いた。
「なぜだ? 君の指導力と見識は、現に留めておくには惜しい。与や待遇に満があるのか?」
「いいえ、待遇は私には勿体ないほどです。ですが――」
私は息を吸い込み、真っ直ぐに社の目を見据えた。
「私は、教壇をりたいとったことは度もありません。私が守りたかったのは、自分の肩きや世ではなく、目のでつまずいている徒たちと向きうです。管理職として机に座り、数字を管理する仕事は、私よりも適任の方が社内に勢いらっしゃいます」
「佐久講師……」
「もし、私の提案をしでも評価していただけるのであれば、条件付きでお引き受けしたい役目があります」
「条件?」
「はい。埼玉第3教での週の現授業は、これまで通り継続させてください。そので、週にだけ、任講師向けの研修アドバイザーとして、カリキュラムの改善に関わらせていただけないでしょうか。肩きも、特別な当もりません。の講師として、現の声を吸いげるパイプ役でいさせてください」
社は、ぽかんとをけたまま私を見つめていた。 やがて、その目元がゆっくりと緩み、い笑みへと変わった。
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「……参ったな。君というを、私はまだ測り違えていたようだ」
社はきく息を吐きし、ちがると、力くを差ししてきた。
「わかった。君の望通りにしよう。埼玉の現を、そしてが社の若い講師たちを、よろしく頼む」
その握の力さに、私は目にして初めて、会社という組織から「の教育者」として認められた実を得ていた。
埼玉の教に戻った私を待っていたのは、常のさな奇跡だった。
「佐久先!」
の寒い午。 教のドアが勢いよくき、学の若菜ちゃんが駆け込んできた。 たいで真っ赤になった両に、枚のテスト用が握りしめられている。
「これ! 見て、先!」
机のに広げられたのは、先週われた県統の英語学力テストだった。
用の。 赤ペンできくかれていたのは、『85点』という数字だった。
満点ではない。 トップクラスの徒たちから見れば、決してび抜けた点数ではないかもしれない。 だが、アルファベットの文字すらけず、画面ので「私はバカだから」と泣いていたあの女が、自分ので勝ち取った、血の通った85点だった。
「若菜ちゃん……すごいじゃないか!」
私がしゃがみ込むと、女は誇らしそうに胸を張り、カバンから冊のノートを取りした。
あの、作りのやり直しノート。
角が擦り切れ、表が垢で真っ黒になったノートをくと、そこには彼女が毎、自分で鉛をかして訂正を繰り返した、無数の英単語がびっしりと並んでいた。
「先がくれたノート、毎やったよ。お母さんもね、すごく褒めてくれたの。『英語、楽しい』って言ったら、お母さん、泣いちゃった」
女の屈託のない笑顔を見た瞬、私の目がくなった。
半の屈辱も、夜の胃の痛みも、眠れぬ夜の苦しみも。 すべてが、この瞬のためにあったのだとえた。 私は違っていなかった。 子どもたちの学びのを消さないために踏みとどまった自分の跡は、何つ無駄ではなかった。
職員の入りで、藤田主任が腕を組み、涙ぐみながら私たちを見ていた。 以のような、腫れ物に触るような線は、そこにはもうなかった。
しく始まった講師研修で、私がまとめたプリント指導法をにメモする若い輩たち。 「佐久先、この徒の文法、どうやってアプローチすればいいですか」と相談に来る同僚たち。
妻が誰であろうと関係ない。 現でにまみれ、子どもたちと真摯に向きい続ける私の背を見て、彼らは再び私を「佐久先」と呼んでくれるようになっていた。
曜の夜。 計の針は、午を回ろうとしていた。
玄関の鍵がき、疲れた音がリビングへとづいてくる。
美穂が、にわたる方企業の再建コンサルティングを終えて帰宅したのだ。