"「妻のヒモになれ」と笑われた夜、専務が頭を下げた" 第14話
だが、私の胸のに湧きがってきたのは、勝利の歓ではなかった。 スカッとするような爽でもなかった。 胃の奥底から込みげてきたのは、乾いた、たい疑問だった。
私はく息を吸い込み、をげる社を静かに見つめた。
「……社。つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何でも言ってくれ」
「もし」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
「もし、昨夜の会に私の妻が現れず……私の妻が、この会社の社取締役でなかったとしたら。半に私が送ったあの通報は、今、こうしてかれていたでしょうか?」
会議の空気が、再び止まった。
社の顔が、張った。 唇を真文字に結び、線を泳がせ、そして苦渋に満ちた表で再び目を伏せた。
答えなど、初めからわかっていた。 妻が現れなければ。 妻が取締役というを持っていなければ。 私はただの「適応障害を起こして辞めていった、冴えない講師」として処理され、今頃はハローワークの列に並んでいただけだったのだ。
正義が勝ったのではない。 制度の隙に、たまたま烈なが差し込んだだけのことに過ぎない。 その徹な現実を、私は痛いほど理解していた。
社は、何も答えられなかった。
ただ、固く結んだ唇を噛み締め、苦渋に満ちた表で線をへと落とした。
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その沈黙こそが、何よりも雄弁な真実だった。
もし、美穂があの会にいなければ。 もし、美穂がこの会社の社役員というを持っていなければ。 私が提した通報は、シュレッダーの脇のゴミ箱に放り込まれたまま、度と誰の目にも触れることはなかったはずだ。
「……制度を、根本から作り直す」
い沈黙のあと、社はかすれた声で絞りした。
「通報窓を完全に部の独した弁護士事務所へ移管する。経営陣の顔を窺うような審査体制は、今限りですべて解体する。……佐久講師、君の言葉を、絶対に忘れはしない」
私はそれ以、何も言わなかった。 く礼し、特別会議のいドアを押してへた。
のたいが、本社の吹き抜けを通り抜けていく。 掌に残るや汗を拭いながら、私は埼玉へ戻るに乗り込んだ。 勝ったわけでも、負けたわけでもない。 ただ、果てしなくい沼から、辛うじていがっただけだった。
翌週の曜、午。 本社会議で、臨の取締役会が招集された。
美穂は、予定刻の分に姿を現した。 普段と変わらない濃紺のスーツ。 無駄のない取りで内へ入ると、テーブルの央に座る役員たちに向かって、静かに礼した。
「会に先ち、社取締役として発言を求めます」
議である社が頷く。
「佐久取締役、どうぞ」
「本付で議題にがっております、事業本部におけるパワーハラスメント事案、ならびに管理職の処分に関する件について申しげます。被疑事案の申である佐久浩講師は、私の配偶者です。会社法に定める特別利害関係に該当するため、私は本議案に関する切の審議および決議への参加を辞退し、直ちに退席いたします」
言句、の混じらない、完璧な法続きに則った宣言だった。
「佐久取締役、しかし――」
役員のが引き留めようとしたが、美穂はで制した。
「私がこのに残れば、どのような決議であれ『内への忖度』という疑を社内に残すことになります。公正な判断を、部の点から監査するのが私の職務です。その職務を全うするため、席をします」
美穂は元の資料を閉じ、バッグをに取ると、度も振り返ることなく会議をにした。
残された役員たちによってめられた審議は、紛糾を極めた。 だが、藤田主任が提した業務誌、百通を超える夜の指示メール、改ざんされた解約データ、そして何よりも保護者からの告発状というかぬ証拠のに、瀬部を擁護できるは誰としていなかった。
同午、全社システムに本の緊急通達が掲示された。
『事業部・瀬真理子に対する役職解任、ならびに自宅待命令について』
公然のパワーハラスメント、業務指示の逸脱、ならびにデータの隠蔽が認定され、懲戒解雇を野に入れた処分続きの始が告げられた。