みかん小説
本棚

"「妻のヒモになれ」と笑われた夜、専務が頭を下げた" 第3話

瀬部が激昂し、に持っていたワイングラスが刻みに揺れた。 ワインの赤い雫が、テーブルクロスにポトリと染みを作る。 周囲の社員たちは完全に凍りつき、誰として仲裁に入る勇気を持てないようだった。

私は美穂の腕を引こうとした。

「美穂、もういい。やめてくれ。君が巻き込まれることはない」

私のようなのために、妻が社内でい目で見られるのは耐えられなかった。 だが、美穂は私のを優しく、しかし決して解けない力で握り返した。 その掌は驚くほど温かく、そして微かに震えていた。 恐怖からではない。 理尽に踏みにじられた夫に対する、い憤りとしみからだった。

美穂は私を見ず、瀬部だけを射貫くように見据えたまま言った。

「妻として言っています。目ので夫が理尽に踏みにじられているのを見て、沈黙を守る理由がどこにありますか」

そして、美穂はバッグから枚のネームホルダーを取りし、胸元に掲げた。

「それから――先ほど申しげましたね。私は部者ではないと」

「……は?」

「今夜、私はこの会でわれる経営層との見交換会に、正式に招かれています」

瀬部が嘲笑しようとをきかけた、その刹だった。

「佐久先! こちらにいらっしゃいましたか!」

会の奥、役員専用のVIPエリアへと続く扉から、血相を変えた初老の男性がりで駆け寄ってきた。

広告

黒川専務だった。 この教育企業の実質なナンバーツーであり、現の講習事業から経営戦略までをに統括する、会社で最も発言力を持つ鎮だ。

瀬部の顔に、堵のが差した。 彼女は即座に勝ち誇った笑みを取り戻し、黒川専務に向かって駆け寄ろうとした。

「黒川専務! ちょうど良いところに来てくださいました! 埼玉分の佐久講師が、勝に妻を連れ込んできて私に言いがかりをつけているんです。セキュリティを呼んで、今すぐをつまみしてください!」

瀬部の声には、勝利を確信した響きがあった。 専務が自分を贔屓にしていること、自らが推しめるデジタル化線を専務が押ししていることを、彼女は誇示しようとしたのだ。

だが。

黒川専務は、瀬部の言葉などに入っていないかのように、彼女の脇を完全に素通りした。

そして、美穂の目のにつと、く、くをげた。 額がにつくのではないかとえるほどの、完璧な直角の礼だった。

「佐久取締役……! 誠に申し訳ございません! 最階の特別控でお待ちしておりましたところ、お姿が見えないと連絡が入り、慌ててお迎えに参りました。まさか、このような般の会にりてこられていたとはらず……!」

「……え?」

瀬部の喉から、の抜けた音が漏れた。

彼女の顔から、急速に血の気が引いていくのが目に見えてわかった。

会の空気が、音をてて凍りついた。

取締役? 佐久……取締役?

同僚たちの線が、美穂と、私のを激しくき来する。 誰もが事態をみ込めずにいた。 私自、そのに縫い付けられたようにけなくなっていた。 妻がこの会社の社取締役に就任していたことはっていた。 だが、それは数の経営危の際、部の経営再建コンサルタントとして招聘され、その実績を買われて引き受けた非常勤のポストだった。 妻と私のには、厳格な約束があった。

『浩さんの現の仕事に、私のを切持ち込まない。あなたも、私の名を社内で使わないこと』

それは、私が頼み込んだことだった。 通信制学をて、叩きげでやってきた私の唯の矜持だった。 「取締役の夫」という目で見られれば、徒たちと築いてきた現の信頼まで歪んでしまう。 だからこそ、私たちは職で互いのを徹底に隠し、公私を完全に切りして活してきたのだ。

美穂はをげる黒川専務に対し、を交えないビジネスのトーンで応じた。

「黒川専務、お迎え痛み入ります。しが余りましたので、現の皆様がどのような表でを迎えられているか、拝見にち寄ったところでした」

「そ、そうでしたか……! しかし、このような騒ぎに巻き込んでしまい、なんとお詫び申しげればよいか……」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: