"「あの担当者はどこだ」社長の一言に凍る年下上司" 第10話
「私には、宮本精密へく権限がありません。昨、田辺課から『ただの運転で雑用係だ』とご紹介いただきました。そして本部、あなたも先ほど仰いましたね。『度と営業の案件にを挟むな、しくコピーでも取っていろ』と」
「さ、佐藤……お、この状況が分かって——」
「分かっているからこそ、お断りしているんです」
私は元のクリアファイルを胸元へ引き寄せた。
「権限のないに、責任だけを押し付けてをげさせる。そんなご都主義が通用する相ではないことくらい、宮本社の目を度でも見たなら分かるはずです」
そう言い残すと、私は度だけくをげ、呆然とち尽くすの横を通り抜けて、支援課の自分の席へと戻った。
背で、田辺のヒステリックな喚き声と、役員から内線で呼びされる島の怯えた声が、フロアに響き渡っていた。
そのの営業フロアは、まるで通夜のようだった。
昼には社に島と田辺が呼びされ、分いドアの向こうから、役員の鳴り声が廊まで漏れ聞こえてきたという。 フロアに戻ってきた田辺の顔は幽霊のようにく、デスクに突っ伏したままピクリともかなかった。
午になると、社内の空気はさらに異様なものへと変わった。 宮本精密からの通告が、業界の調達ネットワークを通じて社にも漏れ聞こえ始めているという噂が駆け巡ったからだ。
広告
「あの会社は、平気で嘘の納期を掴ませて契約を急がせるらしい」
製造業において、その噂は刑宣告にい。 度失った「信用」という名の鋼鉄は、どれほどを積んでも度と元には戻らない。
定のを告げるチャイムが鳴った。
私は机のを几帳面に片付け、パソコンをシャットダウンした。 誰として、私に声をかける者はいなかった。 恐怖と、気まずさと、そしてどこか「この窓際社員が何かっているのではないか」という探るような線が、背に無数に突き刺さっていた。
私は静かにコートを羽織り、会社をた。
阪の郊、の揺れにを任せながら、窓のの夜景を眺めていた。 のかりが、疲れた目に滲む。
歳。 サラリーマンとしてのは、もうり坂だ。 定までのあと数、波をてず、理尽に耐え、言われた雑用をこなして、退職をもらってる。 それが番賢いき方なのだと、自分に言い聞かせてきたはずだった。
だが、あのの青いファイルが、脳裏かられない。
『絶対にできる納期しか、私はにしません』
あの、徹夜の油煙ので、若きの自分が宮本社に放った言葉。 あの言葉に嘘はなかった。 あの誠実さだけを武器に、、臭くきてきたのではなかったのか。
自宅の玄関ドアをけると、汁の優しい匂いが漂ってきた。
「おかえりなさい」
台所から、妻の佳代が顔をした。 エプロン姿の目尻には細かな皺が刻まれているが、その表はいつものように穏やかだった。
「遅かったわね。、られなかった?」
「ああ、丈夫だったよ」
卓には、松菜の煮浸しと、焼き魚、それに温かい噌汁が並んでいた。 所の調剤薬局でパートをしながら、計を切り詰め、私のない料で文句つ言わずに庭を支えてきてくれただ。
、役職をされ、与が割カットされた辞令を持ち帰った夜のことをいす。 あのも佳代は、何も聞かずに、ただ温かいお茶を淹れてくれた。
箸をかしながらも、私のはかった。 噌汁の湯気を見つめたまま、無識にい溜息を漏らしていたらしい。
コト、と静かな音がして、湯呑みが私の目のに置かれた。 ちる番茶のばしい匂い。
「……何か、あったのね」
佳代が私の正面に座り、静かに私を見つめていた。
「会社で、何かきなことが起きたんでしょう?」
私は湯呑みを両で包み込んだ。 陶器の温もりが、え切った指先にじわりと染み込んでいく。
「……宮本精密の、宮本社さ」
「ええ、覚えてるわ。、あなたがもに帰れなくて、作業着をだらけにして帰ってきたの……あのの社さんでしょう?」
「今、その宮本精密から、取引止の通告が届いた」