"「あの担当者はどこだ」社長の一言に凍る年下上司" 第5話
背筋を伸ばし、かつて何千回と繰り返した、現のに対する礼を取った。
「……宮本専務。その節は、変ご迷惑をおかけいたしました」
、まだ専務だったこの男に、私は毎そう言ってをげていた。
田辺が、ギョッとしたように私と社の顔を見比べた。
「は……? え? なんであんたが……?」
宮本社は、何も言わなかった。 ただ、じっと私の顔を見つめていた。 その瞳の奥に、かつて油と鉄にまみれながら、ので図面を広げた々の記憶が、確かな量を持って蘇っていくのが分かった。
田辺が慌てて割って入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! 社、まさかこの佐藤をごなんですか!? いや、だとしたら話はい! うちの会社と御社には、それだけの古いご縁があるということです! この契約にサインをいただければ、昔の誼も含めて、私が責任を持って最の体制で——」
バチン。
乾いた破裂音が、応接に響き渡った。
田辺の言葉が、喉元で凍りついた。
宮本社が、持っていた級な性ボールペンを、テーブルのに叩きつけた音だった。 そして社は、田辺が血を注いで作りげたというカラー刷りの提案を、両で乱暴に、音をててへし折るようにして閉じた。
「……え?」
田辺の顔から、完全に血の気が引いた。
宮本社は、テーブルに両をつき、ゆっくりとちがった。
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その顔には、先ほどまでの穏やかさは微もなかった。 そこにあったのは、現を侮辱された職だけが放つ、底れないりだった。
「田辺さん」
をうような声だった。
「今この話は、絶対にサインできない。撤回だ」
「な……!? なぜですか宮本社! 額ですか!? 納期ですか!? 仰っていただければ、さらに値引きも——!」
「の話をしているんじゃない」
宮本社はたく言い放つと、田辺には目もくれず、線を再び部の隅の私へと据えた。
その鋭いの底に、しみにも似たが混ざっているのを、私は見逃さなかった。
「……今のこの提案が、なぜ使い物にならないゴミなのか。なぜ私がサインできないのか」
宮本社は、閉ざされた提案のに、ドンと拳を置いた。
「そこにっている、あんたの会社の『雑用係』が、番よく分かっているはずだ」
応接の空気が、完全に凍りついた。
田辺の顔から、急速に血の気が引いていく。 唇が刻みに震え、テーブルのに投げされた提案と、宮本社の険しい横顔を、何度も往復するように見つめていた。
「し、社……? え、何を仰って……」
「これ以、言うことはない」
宮本社は背を向けた。 作業着の背にく染め抜かれた『宮本精密』の文字が、蛍灯のでたくっている。
「引き取ってくれ。度と、こんなのない束をうちの敷居に持ち込むな」
ガチャリと、応接のいドアがいた。 宮本社は度も振り返ることなく、音荒く廊の向こうへと消えていった。
残されたのは、私と田辺のだけだった。 くから、プレスのズン、ズンという規則正しい響きだけが、を伝っての裏を揺らし続けている。
「……んだよ、それ」
田辺が、掠れた声で呟いた。
「何なんだよ、あのジジイ……! こっちがげて、限界まで値引きしてやってんのに……!」
田辺の肩が、りと屈辱で激しくしていた。 テーブルのの提案を、つ当たりするように乱暴に鷲掴みにし、革のブリーフケースにねじ込む。 が破れるバリッという鈍い音が響いたが、気にする様子すらない。
そして、その血った目が、部の隅につ私を捉えた。
「おい」
喉の奥から絞りすような、濁った声だった。
「あんた、何した?」
「……何、とは何でしょうか」
「とぼけんな!」
田辺が詰め寄ってきた。 仕てのいいスーツの胸元が乱れ、ネクタイが曲がっている。 の匂いに混じって、酸っぱい脂汗の匂いがをついた。
「あのジジイと裏で何通じってんだよ! なんであんな余計なお辞儀なんかした!? 『宮本専務』だと? 何が『ご迷惑をおかけしました』だ! あんたが気な顔してろでペコペコげたから、商談の流れが完全に狂ったんだろ!」
……狂ったのではない。 最初から、狂っていたのだ。
だが、今のこの男に何を言っても届かないことは、その濁った瞳を見れば痛いほど分かった。