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"「負けを認めろ」と言った義母が、産院で凍りついた日" 第15話

輔が私の腕を掴もうとしてを伸ばしてきた。 私は半歩がり、そのをややかに躱した。

輔のが、宙を泳ぐ。 男は泣きそうな顔で、懇願するように両をわせた。

「悪かった! 俺が全部違ってた! 彩のことはもう綺麗サッパリ忘れる! あいつが産む子どもの養育費だって、俺の遣いを削って何とかするから! だから、婚届は破棄してくれ! 、緒に暮らしてきたがあるだろ!? やり直そう、真紀!」

やり直そう。 どのが、それを言っているのだろう。

たった数まで、「おには敷居を跨ぐ資格もない」「負けを認めててけ」と嘲笑っていた男が、浮気相に捨てられ、母親の庇護を失った途端、元に縋り付いてきている。

「輔さん」

私は静かに、番聞きたかった問いを投げかけた。

「もし、今の病院で、彩さんがあなたと結婚するって言っていたら……あなた、今ここで私に同じことを言えた?」

輔の言葉が、喉の奥で凍りついた。

見かれた瞳が、恐怖に揺れる。 唇がさく震えるだけで、何の音もてこない。

それが、すべての答えだった。

この男は、私をしているから引き止めているのではない。 私を失えば、荒れ果てたで母親のヒステリーを受け止め、自分で洗濯をし、自分で飯を炊き、自分の犯した借と養育費の現実に、たったでち向かわなければならないからだ。

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都のいい政婦であり、活費の穴埋め役だった私が、いなくなるのが怖いだけなのだ。

「……答える必はないわ。分かっていたから」

私は鍵をテーブルの端に置き、ドアノブにをかけた。

「俺は……俺はこれから、どうすればいいんだよ……!」

背越しに、泣き崩れる輔の掠れた声が響いた。 歳にもなった男が、まるで迷子になった幼児のように、に膝をついてを抱えている。

「自分で考えなさい」

私は振り返ることなく、告げた。

「これは、あなたがまれて初めて、母親のにも、妻のにも隠れずに、自分で引き受けなきゃいけない現実よ」

カチャリと、ドアが閉まった。 夕暮れのたいが、私の頬をよく撫でていった。

季節がつ巡り、桜の枝に淡い緑の葉が混じり始める頃。

私は、しく借りたさなアパートのベランダにて、さな鉢植えのハーブにをやっていた。

向きの畳。 コンロのキッチンと、さなユニットバス。 決して広くはないけれど、ここには私の好きなものしかない。 休の朝、誰の嫌を窺うこともなく目覚め、お気に入りのマグカップに淹れたての珈琲を注ぎ、静かにトーストをかじる。

そんな、当たりの朝が、どれほどおしいものか。 の呪縛から解き放たれて初めて、私は自分の呼吸を取り戻していた。

婚の続きは、驚くほど呆気なく終わった。

輔には、争う気力も資も残っていなかった。 共座から無断で引きされた万円は、預貯の財産分与の清算に全額私の取り分へ乗せされ、婚姻期に応じた正規の財産分与も、先のによって円の狂いもなく回収された。 輔が来にする予定の退職についても、分の寄与分を公正証によって法に保全した。

からの噂で聞いた話では、義母の静はあの病院の以来、すっかり塞ぎ込んで所との付きいを断っているらしい。 親戚に「跡継ぎができる」と触れ回って配ったお祝いの品は、恥の記碑となって元に残り、届くはずのなかった孫のベビーベッドは、リサイクル業者に束文で引き取られていったという。

そして輔は今、古い実で静と、息の詰まるような活を送っている。 毎の料からは、公正証に基づいた養育費が容赦なく引き落とされ、以のように見栄を張ってみ歩くことも、を買い替えることもできない。 かつて息子を盲していた母親は、今や顔をわせるたびに「あんたのせいで恥をかいた」となじり、輔はその言から逃げるように、狭い自に閉じこもる々が続いているそうだ。

あのは、どちらかがぬまで、お互いをみいながら、自らが作りした獄ので暮らしていくのだろう。

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