"「負けを認めろ」と言った義母が、産院で凍りついた日" 第12話
「……あそこです」
私の隣につスーツ姿の男性――弁護士が、く囁いた。 そのしろに、黒いコートをく着込み、マスクを目につけた女性がっていた。
森彩さんだった。
彩さんは私と目がうと、さく、しかし覚悟を決めたようにく頷いた。 その顔は蒼だったが、瞳の奥には怯えではなく、徹なが宿っていた。
「彩さん、体調は丈夫ですか」
「はい。……あんなたちに、私のも、子どもの未来も、めちゃくちゃにされてたまるもんですか」
彩さんは震える拳をコートのポケットにねじ込み、ゆっくりとロビーの央へ歩みた。 私と先も、数歩遅れてそのに続く。
受付の自ドアがき、が吹き抜けた瞬だった。 輔が弾かれたように顔をげた。
「あ……彩!」
輔の声が、静かな待に自然にきく響き渡った。 周囲の数組の患者が斉にこちらを振り返る。
輔は満面の笑みを浮かべてちがり、股で駆け寄ってきた。
「彩! やっと来てくれた! 連絡がつかないから配したんだぞ! ほら、母さんも来てくれたんだ!」
ソファから、静が着物の裾を擦らせながら、勝ち誇った笑みを顔いっぱいに貼り付けて歩み寄ってきた。 その目は、まるで獲物を見つけた猛禽のようにギラギラと輝いている。
「まあまあ、彩さん! 初めまして、健の母の静でございますよ!」
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静は彩さんのにつと、親のを装った猫なで声をしながら、ためらいもなく両を伸ばした。 彩さんの細い首を、鷲掴みにしようとする。
「健からすべて聞いていますよ。本当によく決断してくれました。さあ、健のに荷物は全部積めるようにしてあるからね。診察が終わったら、そのままうちにいらっしゃい。特注のベビーベッドも、肌着も、全部最級のものを揃えて待っているのよ。これからは私たちが、あなたと佐藤の跡継ぎを全力で守って……」
「触らないでください」
静かな、しかし氷のようにたい声が、ロビーの空気を切り裂いた。
彩さんは、伸ばされた静のを、の速さで払い落とした。 そして、そのまま躊躇なく、歩ろへ退した。
静のが、空を切って止まる。 待に流れていたクラシックの調べが、にのいたようにじられるほどの静寂が落ちた。
静は宙に浮いた自分のを見つめ、次いで信じられないものを見るように目を剥いた。
「……え?」
「触らないでと言いました」
彩さんはマスクをし、静と輔を正面から射抜くように見据えた。 その声は震えていなかった。 静まり返ったロビーの隅々にまで、はっきりと届く凛とした声だった。
「誰があなたのに帰るんですか? 誰があなたのの跡継ぎを産むと言ったんですか?」
輔の顔から、さーっと血の気が引いていくのが見えた。
「あ、彩……何を言ってるんだよ。母さんだぞ? 俺たちのために、わざわざ着物を着て迎えに来てくれたんだぞ……!」
「頼んでいません」
彩さんは、吐き捨てるように言った。
「輔さん、私、ヶにあなたにハッキリ言いましたよね。『もう度と関わらないでくれ』『連絡してくるな』って。LINEもブロックしたはずです」
静の線が、凍りついたように輔へと向けられた。
「……健? 何を……このお嬢さんは、何を言っているの?」
「ち、違うんだ母さん! こいつ、つわりで緒定になってるだけで……!」
「緒定なんかじゃありません」
彩さんはバッグから、枚のを引っ張りした。 つ折りにされた、あの『』の原本。 それを、輔の胸元へ叩きつけるように突きした。
「私はあなたと別れました。結婚するなんて最初からありません。このだって、あなたが私の職まで押し掛けてきて、『妻とも話しって決めた、で用した準備だ』って嘘百を並べて置いていったものじゃないですか!」
ロビーのあちこちから、息を呑む音が聞こえた。 居わせた妊婦たちが、軽蔑に満ちた目で輔と静を見つめている。
静の顔が、赤からへ、そして気へと目まぐるしく変わっていく。 着物の襟元を震えるで押さえながら、輔の腕を掴んだ。
「健……! あなた、彩さんと話がついてるって……結婚するって言ったじゃない! 親戚に、もうすぐ籍を入れるって話までさせたのよ!?」