"四十八歳、二十五年の家事を「無職」と呼ぶ夫へ" 第17話
失ったキャリアの複利を考えれば、微々たるものかもしれない。 けれど、それは夫の施しではなく、法律という社会のルールを使って、私が自らので毟り取った正当な権利の証だった。
末。引っ越し夜。
引き払われることになった築のは、活のをすべて奪われ、ただのたい箱になっていた。
荷物の半は処分した。 子供たちのいの品や、私の帳の缶、そして最限の類との回り品だけが、リビングの隅に積まれた数個の段ボール箱に収まっている。
の朝、業者が荷物を運びせば、私はこのを永にる。
がらんとしたリビングの真んで、私はコートを着たまま、パイプ子に座っていた。 はすでに止められ、息がく濁る。
階から、い音がりてきた。 夫だった。
夫もまた、には会社くの単者向けアパートへ引っ越すことになっていた。 すっかりやつれ、頬の肉が落ちた夫は、持ち無汰そうに壁に寄りかかり、私の荷物を見つめた。
沈黙が、く部を満たす。
かつてあれほど恐れていた夫の嫌も、暴力な言葉も、今の私にはもう何の響も及ぼさなかった。 ただ、同じに乗りわせた見らぬのように、何のも湧いてこない。
夫はポケットにを突っ込み、ギリッと奥歯を噛み締めた。
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そして、絞りすように、最の棘を投げつけてきた。
「……悔するぞ」
く、濁った声だった。
「おみたいな世らずが、代半からひとりできていけるほど、世のは甘くない。暮らしの狭いアパートで、契約社員ので、病気になったら誰が病してくれるんだ? 孤独するだけだぞ」
最の最まで、このは自分を省みることも、謝を述べることもできなかった。 ただ相のを煽り、呪いをかけることでしか、自分の崩れ落ちそうなプライドを保てないのだ。
れだった。 から、れだとった。
私はちがり、元に置いてあったスーツケースの取っを引きげた。
そして、度も夫の方を振り返ることなく、ジジジ……とい音をててファスナーを閉めた。
「さようなら、雅さん」
その言だけをたい空気に残し、私は度と、その顔を見ようとはしなかった。
キャリーケースの輪が、え切ったのアスファルトをガラガラと削る音だけが、夜の宅に響いていた。
角を曲がる直、度だけが止まりそうになった。 けれど、振り返らなかった。
タクシーの窓からざかっていく並みを眺めながら、私は膝ので両をく握りしめた。 爪がのひらにい込む。 暮らした所を捨てるというのに、胸の奥にあったのは喪失ではなく、ひどくたく澄み切った解放だった。
翌朝、私は午の庁と同に、役所の民課のフロアにっていた。
番号札を握りしめ、たいスチール製のベンチで待つ。 周囲には、赤ん坊を抱いた若い夫婦や、転居届をしに来た学の姿があった。 誰も、私のことなど気にしていない。 世にとって、の女がひとりを精算することなど、常の何気ない景のひとかけらに過ぎないのだ。
「番、川様」
械なアナウンスに呼ばれ、私は窓へ向かった。
クリアファイルから取りしたのは、緑の枠線が印刷された——あのが自分ので署名し、実印を押した、本物の婚届だった。
「ご本様確認類をお願いします」
職員の事務な声に、運転免許証を差しす。 職員は慣れたつきで類の備をチェックし、ゴム印をトントンと類の端に押した。
「川子様ですね。婚姻の氏に戻る、でよろしいですか?」
「……はい。旧姓の『佐藤』に戻します」
「承いたしました。しい戸籍の編製には週ほどおをいただきます。本は受理証をおししておきますね」
わずか分。 の歳が、何枚かの公な用と、カチリと鳴る印鑑の音だけで、あっけなく切りされた。
役所の自ドアをると、の乾いたが頬を打った。 きく息を吸い込む。 胸の奥にこびりついていたたいのようなものが、肺の底からすべて吐きされていくようだった。