"四十八歳、二十五年の家事を「無職」と呼ぶ夫へ" 第15話
何より、毎コンビニ弁当とカップ麺を流し込んでいるせいか、顔は気で、目のには濃い隈が張り付いていた。
午。 勤しようと玄関に向かう夫の背は、かつて「の黒柱」を気取っていた頃の威厳など見るもなく、まるで何かに怯える老のように丸まっていた。
会社でも、うまくいっていないのだろう。 以、奈美が言っていた。 「お父さんの会社、最期退職の募集を始めたらしいよ。管理職の肩たたきがすごいんだって」と。
では役職定の音が迫り、職での居所を失いかけ、庭に戻れば、かつてタダで自分を世話し、嫌を取ってくれた「便利な妻」はもうどこにもいない。
自分がどれほど脆い砂ののに胡座をかいていたのか。 夫は今、骨の髄までいらされているはずだった。
のある曜の夜。
計の針が午を回った頃、玄関のドアがガチャリと頼りない音をてていた。
ドサリ、といものが倒れるような音がして、靴を脱ぎ散らかす気配がする。 私は階の部で、居の賃貸契約類に目を通していたが、リビングから漂ってくる穏な空気に、静かに階段をりた。
リビングのドアをけると、そこには異様な景が広がっていた。
夫が、ソファーのにへたり込んでいた。
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コートも脱がず、ネクタイを緩める気力すらないのか、に両をついて項垂れている。
酒の匂いが、部に充満していた。 酒をしてきたのだろう。けれど、酔って暴れるような勢いはなく、ただ全の関節から力が抜け落ちたような無様な姿だった。
そして、ゴミだらけのテーブルの央に、違いなものがひとつ、ぽつんと置かれていた。
老舗百貨の包み。 で控えめにロゴが箔押しされた、級菓子の袋だった。
私が代の頃、仕事帰りにたまに買って帰るとんでいた、神田の老舗の焼き栗福。
「……何、これ」
私がややかに尋ねると、夫はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔をげた。
充血した瞳。 剃り残しのい髭が目つ顎。 その顔には、かつて私を睥睨していた傲さは微もなく、ただれな媚びと焦燥が張り付いていた。
「子……」
掠れた、湿った声だった。
「お、好きだったろ。これ……宮のエキュートで見かけてな。並んで、買ってきたんだ」
私はかなかった。 袋にを伸ばすこともしない。
夫は私の淡な反応に狼狽え、に膝をついたまま、擦り寄るように歩にみた。
「子。……悪かった」
乾いた唇から、その言葉がこぼれ落ちた。
「俺が悪かった。……この週、に染みて分かったよ。おがどれだけ、このを支えてくれてたか。
俺がで偉そうにできたのも、全部おのおかげだったんだ」
。 度たりともにしなかった謝罪の言葉。 私がどれほど待ち望み、どれほど喉からがるほど欲しかった言葉が、今、ゴミだらけのリビングのので、のように垂れ流されていた。
けれど、私のには、何の慨も湧かなかった。 滴の涙も、微かなびすらも。 ただ、どこまでもたいが、吹き抜けていくだけだった。
「あの婚協議のことは、忘れてくれ」
夫は必の形相で、私の元を見げながら言葉をねた。
「だ。全部、なかったことにしてくれ。……俺たち、結婚してだぞ? 半世紀も緒にいたんだ。子供たちだって、親が婚なんてしたらしむに決まってる。……なあ、もう度、やり直そう。な?」
「やり直す?」
「そうだ! 俺も、これからは事を伝う。ゴミしだってするし、休は飯だって作る! だから……あの契約社員の内定とやらも、辞退してくれ」
夫はすがるように、私のスリッパの爪先へを伸ばそうとした。
「女がで、無理してで働くことなんてないんだよ。世は厳しいぞ? 契約社員なんて、いつ切られるか分かったもんじゃない。にいてくれればいい。おはただ、今まで通り、このを守ってくれればそれでいいんだから……!」
その瞬。
私の胸の奥底で、何かがプツリと音をてて千切れた。
しみではない。 りですらぬるい。 目のにいるこの男の、救いようのない傲さと浅ましさに対する、底なしの侮蔑だった。