"朝食を捨てた義母に「二度と台所には立ちません」" 第17話
の着物の裾を静かに捌きながら、私のに歩み寄ってきた。
化粧は涙でし崩れていた。 けれど、その瞳の奥にあった、あの濁った敵と怯えは、完全に洗い流されていた。
「……お義母さん」
私が声をかけるよりく、義母の体が折れた。
く。 が私の胸のさまでがるほど、く、腰を折ってをげた。
廊のたい空気ので、義母の背がさく震えている。
「美里さん」
絞りすような、掠れた声だった。
「ごめんなさい」
廊の向こうから聞こえる親戚たちの笑い声が、くへ引いていくようだった。
「婚の、最初の朝。あんたが午に起きて、懸命作ってくれた汁巻き卵と煮物を……私は、もべずに、ゴミ箱へ捨てました」
義母の指先が、着物の袖をく握りしめていた。
「あの料理がかったからじゃないの。あんたの際が良くて……包丁の音が綺麗で……私がかけて必にしがみついてきた所を、あっさりと奪われてしまうのが、怖かったのよ」
涙のしずくが、廊の板張りのに、ポツリと落ちた。
「あんたのを、ゴミ箱に捨てたのよ。自分の惨めさを隠すために、しく族になろうとしてくれたあんたの尊厳を、で踏みにじった。……本当に、取り返しのつかないことをしました。ごめんなさい」
をげたまま、義母の肩が激しくした。
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「許してくれなくていいの。……ただ、これだけは、言わなきゃいけなかったから」
私は、に持っていた急須を、廊の飾り棚のに静かに置いた。
胸の奥が、く焼けるようだった。 あの、ゴミ箱の底に沈んでいった汁巻き卵。 流し台にぶちまけられた噌汁の匂い。 「病院みたいな飯」となじられた瞬の、喉の渇きとの震え。
その傷は、消えていない。 今でも鮮に、皮膚ので疼いている。
だから、私は「いいんですよ」とも、「気にしてません」とも言わなかった。 易な許しは、あの傷つけられた私自への裏切りになる。
私はく息を吸い込み、義母の目のにった。
「お義母さん」
静かに声をかけると、義母が恐る恐る顔をげた。 赤く腫れた目が、私の線を捉える。
「あの、私、本当にしかったです」
私の言葉に、義母の唇が微かに震えた。
「度目の結婚で、今度こそ温かい庭を築きたくて、受け入れてもらいたくて、懸命に汁を取りました。それを目ので捨てられた……私、悔しくて、悔しくて、涙すらませんでした」
義母は息を呑み、再び項垂れようとした。 私はそのに、歩踏みした。
「でも」
私は義母の、あかぎれだらけのを、そっと包み込んだ。 あの、台所のたいので握りしめたのと同じ、たくて、い。
「今、こうして私の目を見て、ご自分の言葉で伝えてくださったこと。
……それは、絶対に忘れません」
義母の瞳から、粒の涙が溢れした。
「ありがとうございます、お義母さん」
義母は元を押さえ、声にならない嗚咽を漏らした。 私のを、骨張った指先で、壊れ物を抱きしめるようにく握り返してくる。
許されたわけではない。 傷が完全に塞がったわけでもない。 けれど、私たちは初めて、のとして、対等な痛みを抱えた者として、正面から向きうことができたのだ。
障子の向こうから、修平の「親父、もう杯いこう」というるい声が聞こえてきた。
の差しが、廊の板張りを優しく照らしていた。
還暦祝いが終わり、の旬。
約束のヶが満した、私と修平は所沢のをた。
義父の術の経過は順調で、主治医からも「通常の活に戻って問題ない」と太鼓判を押されていた。 定期な通院の予約も、義父自がスマートフォンのカレンダーアプリに入力し、自分でに乗って通えるようになっていた。
引っ越しの朝、玄関には私たちの段ボール箱が積みげられていた。
「美里さん、本当に……もうくの?」
義母が名残惜しそうに、私の元を見つめていた。
あの以来、義母が私に刺々しい言葉を投げることは度もなくなった。 台所に入るも、「美里さん、お茶淹れてもいいかしら」と、必ず声をかけてくるようになった。
けれど、私は同居を延しようとは微もわなかった。
に流されてここに留まれば、いずれまた誰かが甘え、誰かが搾取される構造へと逆戻りする。