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"朝食を捨てた義母に「二度と台所には立ちません」" 第10話

夜が更け、のかりが消えた。

計の針は午を回っていた。 はがり、所沢の宅は気なほどの静寂に包まれていた。

私は寝をて、階段をりた。 確信があった。 あのは、今夜も眠っていない。

台所の引き戸の隙から、昨と同じように、い灯りが漏れていた。

音を消してづく。 だが、から聞こえてくるはずの包丁の音も、換気扇の音もしなかった。

異様な静けさ。

そっと引き戸を押しけた。

界にび込んできた景に、私の臓がドサリと嫌な音をてた。

「……お義母さん!?」

義母が、倒れていた。

流し台ののたいに、半を調理台に預けるようにして、ぐったりと突っ伏していた。 元には、皮を半分剥かれたままの付きの蓮根が、本、転がっている。

慌てて駆け寄り、肩を揺すった。

「お義母さん! しっかりしてください!」

呼吸はある。 浅く、ヒューヒューと喉を鳴らしているが、識を完全に失っているわけではなかった。 ただ、極度の疲労と激痛で、体の自由が利かなくなっているようだった。 額には脂汗がびっしりと浮き、肌は氷のようにたかった。

「……あ……美里、さん……」

義母の焦点のわない瞳が、虚ろに私を捉えた。 唇が刻みに震えている。

「腰が……抜けて……てないの……。蓮根……まだ、汁抜きが……終わってないのに……」

こんな状態になっても、まだ蓮根のことをにしている。

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「料理なんて、もういいですから! 救急を呼びます!」

私がスマートフォンを取りそうとした、義母の骨張ったが、私の首を掴んだ。 々しい力だった。 だが、その指先は狂気じみた必さで私の皮膚にい込んでいた。

「呼んじゃ……ダメ……! 救急なんて呼んだら……所に……親戚にれ渡る……! お父さんの還暦祝いが……台無しになる……!」

「命と世体と、どっちが事なんですか!」

わず声を荒らげた。 だが、義母は首を横に振り続けた。涙が、汗にまみれた頬を伝っていく。

「お願い……誰にも言わないで……。修平にも……お父さんにも……」

私は奥歯を噛みしめ、スマートフォンの通話ボタンから指をした。 こので無理に救急を呼べば、このは発狂するかもしれない。 それほどまでに、このの精神は極限まで追い詰められていた。

私は義母の体を抱えげ、なんとかキッチンの子へと座らせた。 義母は背もたれに倒れ込み、荒い息を吐きながら目を閉じた。

その、調理台のに散らばった蓮根のの横に、枚のが落ちているのが目に入った。

何度も折り畳まれ、角がボロボロに擦り切れたカラー印刷のチラシ。 仕事のに何度もいて眺めていたのだろう、全体が滴を吸って波打ち、インクがわずかに滲んでいた。

私はそのを拾いげた。

『津温泉 湯けむりの宿 泊付き 癒やしの湯治プラン』

鮮やかな呂の写真。 湯畑の湯気。 そして、障子の向こうに広がる静かな。

余の部分に、赤いボールペンで、震えるような義母の跡でメモがかれていた。

『何もしない。 朝ご飯を、誰かが運んできてくれる。 お茶を、誰かが淹れてくれる。』

文字が、そこで途切れていた。

喉の奥が、激しく焼けるようにくなった。

の鯛の塩焼きでもなかった。 親戚からの「派な奥さん」という称賛でもなかった。 このが、の沼の果てに、の底から求めていたもの。

それは、ただの。 朝起きて、誰にも鳴られず、も使わず、包丁も握らず、ただ誰かが運んできてくれた温かいご飯を、で座ってべること。 それだけだったのだ。

「……美里さん」

子のの義母が、消え入りそうな声をした。 その瞳は、私ののにある津温泉のチラシに注がれていた。

隠していた最の皮膚を剥ぎ取られたような、無防備で、惨めな目だった。

「……笑いなさいよ」

義母の唇から、自嘲の笑みが漏れた。

「贅沢よね。族のために尽くすのが私のき甲斐だって……ずっと自分に言い聞かせてきたのに。本当はね……もう、全部投げして、誰も私をらない所へ逃げしたいのよ」

義母は両で顔を覆った。 指の隙から、嗚咽が漏れした。

子供のように肩を震わせて泣く歳の姑をに、私はチラシを握りしめたまま、ち尽くしていた。

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