"朝食を捨てた義母に「二度と台所には立ちません」" 第9話
義父は部の隅へ逃げし、修平は苛たしそうにスマートフォンを睨みつけて爪を噛んでいる。 義母は、畳のに散らばった皿を、震えるで枚ずつ拭いていた。
誰、義母の腰を気遣う者はいなかった。 「丈夫か」と声をかける者すらいなかった。 これが、この族のの定位置なのだ。 母親が傷つき、倒れかけていても、誰も責任を取らない。 ただ「嫌が直るのを待つ」という名の放置を決め込む。
私は無言で台所へ向かった。 やかんにを入れ、にかける。
沸騰した湯をしまし、湯呑みに注いだ。 何か気の利いた言葉をかけるつもりはなかった。 ただ、湯の入った湯呑みを、畳のに正座している義母の脇に静かに置いた。
義母は顔をげなかった。 ただ、皿を拭くを止め、湯呑みからちる湯気をじっと見つめていた。
「……伝わないって言ったくせに」
絞りすような、掠れた声だった。
「お茶しなら、事の分担に入っていますから」
私が淡々と答えると、義母はフンとくを鳴らした。 だが、その湯呑みを突き返すことはしなかった。 節くれった、赤く腫れた両で、湯呑みを包み込むように持ちげた。
湯呑みを握る指先が、刻みに震えている。
「……あの子の言う通りよ」
義母が、ポツリと呟いた。 湯気に向かって吐きされたその声は、驚くほど力なく、萎びていた。
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「私はね、領が悪いの。何をやっても、がかかるのよ。あの子が言うみたいに、スマートに仕しを頼んで、綺麗なお着て、にこにこ笑ってお客さんを迎える……そんなこと、私にはできないのよ」
義母は湯を、喉へ流し込んだ。 ゴクリとい音が鳴る。
「料理しか、ないのよ」
その言が、私の元にく落ちた。
「お父さんは、で働いて料を運んでくる。修平も、派な会社に入って自分の世界を作っていく。綾子だって、結婚して京へったわ。……私には、何もないの。こので、朝から晩までを使って、包丁を握って、族の腹を満たすこと以、私がこのにいていい理由なんて、何つないのよ」
義母は顔をげなかった。 ただ、湯呑みの縁を見つめたまま、涙を畳のにボロボロとこぼした。
「親戚が来るのよ。みんな、私の料理をべに来るの。『千代さんの煮物はいつも美しいね』って、あのたちが言ってくれるその言のために、私は……」
声が途切れ、義母は喉を詰まらせた。
私は、息を止めていた。
りでも、傲さでもなかった。 このを突きかしていたのは、底れない「恐怖」だったのだ。
包丁を置いた瞬、自分はただの無価値な老女になる。 料理を作らなくなった自分には、夫からも、息子からも、親族からも、誰からもされる価値がない。
居所を失う。 族という共同体から、用済みとして放りされる。
だから、体が千切れそうになっても、夜にや飯を齧って胃袋を痛めつけても、分の労働をで抱え込もうとする。 に厨を譲ることは、自分の権をけ渡すことと同義だったのだ。
婚初の朝、私の汁巻き卵をゴミ箱へ捨てたあのの震え。 あれは、参者の嫁に対する悪だけではなかった。 自分の唯の義を脅かされた、怯えた獣の威嚇だったのだ。
理由が分かった。 痛いほど、その構造が理解できてしまった。
けれど――。
私の胸の奥から湧きがってきたのは、甘美な赦しではなかった。 むしろ、徹なまでのりだった。
「お義母さん」
私は静かにをいた。
「だからと言って、私の作った朝をゴミ箱に捨てていい理由にはなりません」
義母の肩が、ビクッとねた。 濡れた瞳が、弾かれたように私を見げる。
「あなたのの苦しみを、しく入ってきた私にぶつけて、私の尊厳を踏みにじる権利は、あなたにはありません。……私は、あなたの代わりになるために、このに嫁いできたのではありませんから」
義母は息を呑み、言葉を失ったようにを半きにした。
私はそれ以、何も言わなかった。 く礼し、自分の部へ戻るために階段をがった。
背から、義母のすすり泣く声は聞こえなかった。 ただ、換気扇の回るい音だけが、全体を鈍く揺らしていた。