"18年消えていた母の第一声は「手取りいくら?」" 第3話
そしてある朝、さなボストンバッグひとつで玄関にち、私を抱きしめた。 『すぐ迎えに来るからね』 あの言葉を、私は何百回、何千回反芻してきてきただろう。
学の運会。 周りの友達が両親とお弁当を広げる、祖母とでべた唐揚げの。 保護者会に来る母親たちのるい笑い声に、を塞ぎたくなった放課。 期の頃は、母親を憎むことで自分を保っていた。 『私を捨てるような母親なんて、こっちから願いげだ』 そうがりながら、夜になると枕に顔を押し付けて泣いた。 私にされる価値がなかったから、母親は帰ってこなかったのではないか。 私がもっと聞き分けの良い子供だったら、連れてってくれたのではないか。 その呪いのような問いが、歳になった今でも、の奥底に鉛のように沈んでいたのだ。
それが、今。 あんなっぽい、目当ての脅迫によって々に砕かれた。
が最寄り駅に滑り込み、改札をる。 灯のない宅をで歩いた。 築の造階建て。 父親の実であり、祖母がで守り続けてきた古いだ。 磨りガラスの玄関ドアの向こうに、オレンジのぼんやりとしたかりが灯っていた。
引き戸をガラガラとけると、鰹節と醤油の煮物の匂いがふわりと漂ってきた。
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「ただいま」
声をかけると、台所から柄なが顔をした。 い割烹着を着た祖母、節子だった。 し曲がった背。 く刻まれた目尻の皺。 には根の皮を剥く包丁が握られていた。
「あら、音。今はかったねぇ。ご飯、もうすぐできるよ」
祖母の穏やかな笑顔を見た瞬、張り詰めていた糸が切れそうになり、の奥がツンと痛んだ。 けれど、祖母は私の顔をじっと見つめると、スッと目を細めた。
「……音? 顔がひどいよ。何かあったかい」
、族の顔を見つめてきてきたの勘は誤魔化せない。 私は靴を脱ぎ、居の座卓にい取りで座り込んだ。 祖母はを止め、湯呑みにいほうじ茶を淹れて私のに置いてくれた。
湯気を見つめながら、私は喉の奥のを吐きすように言った。
「……お母さんに、会った」
カツン、とさな音がした。 祖母のから湯呑みがれ、座卓のに置かれた音だった。 祖母のきが、完全に止まった。 台所の換気扇のブーンというい回転音だけが、やけにきく響く。
「……そうかい」 祖母の声は、驚きに満ちているというよりは、ずっと恐れていたものがついに扉を叩いたのような、く静かなものだった。
「会社のにいたの。待ち伏せされた」 私は両で湯呑みを包み込んだ。茶碗のさが、え切った掌に痛いくらいに伝わる。
「お料のこと聞かれた。正社員なんだから、毎仕送りしろって。おばあちゃんに育ててもらった恩があるから、次は産んだ母親を養うのが義務だって言われたよ」
祖母は何も言わずに、私の言葉を聞いていた。 その膝ので、節くれだった両がぎゅっと固く握りしめられているのが見えた。
「断ったよ。円も払わないって言ったら、このに来るって脅された。おばあちゃんがどんな育て方をしたのか文句を言ってやるって……。ねえ、おばあちゃん」
私は顔をげ、祖母の瞳をまっすぐに見つめた。
「お母さんが来るって、ってたの?」
祖母の肩が、ピクリと揺れた。
「由佳叔母さんから私のこと聞いたって言ってた。お母さんが私の職を探り回ってること、おばあちゃんはってたの?」
責めるような調になってしまった。 けれど、どうしても抑えられなかった。 私だけが何もらされず、の空のでだけ取り残されていたような、惨めな孤独が胸を突いたのだ。
祖母はく、本当にく息を吐きした。 そして、さくなった体をさらに丸めるようにして、ポツリとをいた。
「……由佳から、先週話があったんだよ。美智子が、音の勤め先をりたがってるって。由佳にはね、絶対に教えるんじゃないよってきつく言っておいたんだ。
でも……あの子、美智子に押し切られたんだろうねぇ。昔から、姉さんにはががらない子だったから」
「どうして私に教えてくれなかったの?」