みかん小説
本棚

"「私はいつ休めるの?」に夫は「家にいるだろ」と返した" 第14話

「そう。らないの」

私は義母に向き直った。 義母は蒼な顔で、息子と私を交互に見つめていた。

「お義母さん。これが、あなたの『優しくて仕事な自の息子さん』の現実です」

言葉に刃を乗せるように、音音を噛み締めて告げた。

「このは、自分の子供が何の病気にかかるリスクがあるかもらない。何をべさせたら呼吸困難になるかもらない。夜に子供が痙攣を起こしても、どこに話すればいいか分からない。……もし私が今、階段から落ちて識を失ったら、悠斗はこのののでどうなるといますか?」

「そ、それは……」

義母の声が微かに震えた。

「事を伝うとか、伝わないとかいう次元の話じゃないんです。このは、父親としての責任を何ひとつ引き受けていない。自分ので何も考えず、命を預かるみから逃げ回っているだけです」

「美、おいい加減にしろよ!」

夫が耐えかねたようにちがり、テーブルを拳で叩いた。 顔を真っ赤にして、鳴り声をげる。

「母さんのでそこまで俺をコケにするなよ! 俺だって仕事頑張ってんだろ! 稼いでんだろ! なんでそんな箱の隅をつつくようなことばっかり言われなきゃいけないんだよ!」

「箱の隅?」

私はたく笑った。

「子供の命を守ることが、あなたにとっては箱の隅なの? ……じゃあ直、あなたは体、こので何を守ってるの? 自分のちっぽけなプライド以に、何を守ってるっていうの?」

広告

夫のがパクパクといたが、声はなかった。 呼吸を荒らげ、拳を震わせたまま、ち尽くす。

部のに、苦しい沈黙が落ちた。

の音だけが、ザアザアと窓を叩いている。

そのだった。

テーブルのに置かれていた、夫のみかけの麦茶のグラス。 底に溜まった結が、製の板をじわりと濡らし、輪染みを作っていた。

義母の線が、そのグラスに落ちた。

いつものように。 無識に。 息子の粗相を庇い、を取り繕うとする母親の条件反射で、義母のがすっと伸びた。 バッグからハンカチを取りし、その滴を拭き取ろうとした、その瞬――

義母のが、ピタリと空で止まった。

指先が、刻みに震えている。

義母の脳裏に、何が来したのか。 私には分からなかった。

けれど、義母の虚ろな瞳の奥に、かつての自分自の姿がなっているのが見えた。 何も。 仕事から帰り、何ひとつ事をせず、聞を広げて茶を求するだけの夫――義父の浩の世話を焼き続け、愚痴をみ込み、それが「良き妻」だと自分に言い聞かせてきた、かつての自分のが。

息子をそんな「お殿様」に育てげたのは、ならぬ自分自だった。 自分がわった孤独と理尽を、無自覚のうちに息子に継承させ、今、目のの若い妻を同じ獄に引きずり込もうとしていた。

その歪んだ連鎖のグロテスクさに、義母はようやく気づいたのだ。

伸ばしかけた義母のが、ゆっくりと引かれていく。 ハンカチを握りしめたまま、義母は膝ので両をくねた。

「……お母さん?」

夫が、縋るような声を漏らした。 いつもなら、ここで母親が「いいのよ直、母さんがやってあげるから」と笑ってに入ってくれるはずだった。

けれど、義母は息子を見げなかった。

く、く、骨の髄から絞りすようないため息を吐いた。

「……直」

「え……?」

義母は顔をげないまま、ひどく掠れた声で言った。

「自分のコップくらい、自分で台所に持っていきなさい」

「……は?」

「聞こえなかったの?」

義母が顔をげた。 その瞳には、先ほどまでのりも、息子への甘やかしも消え失せていた。 ただ、取り返しのつかない過を見つめるような、い絶望と疲労のだけが張り付いていた。

「自分のものは、自分で片付けなさいって言ったのよ。……あなたはもう、子供じゃないのよ、直」

夫の顔から、さっと血の気が引いていくのが見えた。

母親という、絶対な庇護者。 何をしても「男はで変だから」と全肯定し、自分の代わりにを被ってくれた最の砦が、目ので音をてて崩れった瞬だった。

夫は信じられないものを見るような目で母親を見つめ、ち尽くした。

義母はちがり、私に向かってさく、本当にさくをげた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: