"「私はいつ休めるの?」に夫は「家にいるだろ」と返した" 第9話
私は画面を見つめた。 付箋にははっきりと『ワゴンの段目側』といた。引きしを引けば、誰の目にもび込んでくる所にある。
指先がキーボードので迷った。 教えてあげるのは簡単だ。 「段目の奥を見て」と打てば済む。
けれど、私は画面を伏せた。
教えない。 探せばあるのだ。自分で探せ。 なんだから。
たくなった指先で、再びコーヒーカップを持った。 めかけたコーヒーを、最の滴まで、ゆっくりと喉に流し込んだ。
夕方分。 私はマンションの部のにち、鍵を差し込んだ。
呼吸をひとつ。 ガチャリと鍵をけ、ドアを押した。
「ただいま」
返事はない。 代わりに漂ってきたのは、異様な活の匂いだった。 こもったミルクの匂い、湿ったオムツの臭気、そして焦げたような匂い。
靴を脱ぎ、リビングの引き戸をけた瞬、私は息を呑んだ。
部のは、まるで台が直撃したかのように荒れ果てていた。
面に散乱したおしりふき。 何枚も引き抜かれ、乾いて丸まっている。 ソファのには、みかけの哺乳瓶が倒れ、布にいミルクの染みを作っていた。 キッチンの流し台には、ミルクの缶がフタをけたまま放置され、スプーンからこぼれたいが調理台をく汚している。
そして、リビングのラグの。
夫が、倒れるように座り込んでいた。
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背をソファに預け、首をだらりと傾げている。 その胸のには、ぐったりと疲れ果てて眠りについた悠斗が乗せられていた。
夫の顔は気だった。 髪はボサボサで、着ていたスウェットの胸元には、量のミルクを吐き戻された黄い染みが広がっている。 まるで、何キロもの荷物を背負ってを登りきった遭難者のようだった。
私の音に気づいたのか、夫がぴくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔をげた。 その瞳は焦点がっておらず、血り、底れぬ疲労と恐怖に染まっていた。
「……あ」
夫の喉から、掠れた声が漏れた。
「……美……」
私は靴を脱ぎ、散らかったおしりふきを避けながら、夫のそばに歩み寄った。
「悠斗、丈夫?」
「……寝た。さっき、ようやく寝た……」
夫の声は、震えていた。 膝のに置かれた夫のが、刻みに痙攣している。
「……が分かんねえよ」
夫がぽつりと呟いた。 りではなく、もはや絶望にい響きだった。
「オムツ替えた瞬に、また漏らされて……着替えさせようとしたら暴れて泣き叫んで……ミルク作ろうとったらギャン泣きして焦ってお湯こぼして……抱っこしても抱っこしても泣き止まなくて……」
夫は両で顔を覆った。 指のから、荒い呼吸が漏れる。
「……トイレ、回もけなかった」
部の静寂のに、夫のその言葉だけが落ちた。
私は何も言わず、夫の胸からそっと悠斗を抱きげた。
さな体は汗ばんでいたが、怪もなく、規則正しい寝息をてている。 それだけを確認して、ベビーベッドへ静かにろした。
リビングへ戻ると、夫はまだ同じ姿勢のまま、虚ろな目で散らかったを見つめていた。
そして、信じられないものを見るような目で、私を見げてきた。
「……お、毎これやってんの?」
喉の奥から絞りされたような声だった。
「たっただぞ……? なんでこんな……息つく暇もねえじゃん。座れもしねえじゃん。おかしくなりそうだったんだけど……」
夫のから、初めて「者の点」が零れ落ちた瞬だった。
「お……いつもでこれやってんの? どうやってんの……?」
その顔を見た、私の胸に来したのは、勝利のではなかった。 ただただ、底れない虚脱だった。
やってみなければ、分からなかったのだ。 言葉でどれだけ伝えても、メモ帳にどれだけき殴っても、このは「自分ごと」として像することすらできなかったのだ。 実際に自分のが奪われ、自分の尊厳が赤ん坊の排泄物と泣き声にまみれて初めて、私がっていた所の異常さに気づいた。
「……毎やってるよ」
私はめきった声で答えた。
「あなたが『ずっとにいて休んでるんだろ』って言った、そののでね」
夫は息を呑み、言葉を失って項垂れた。 その背は、朝の傲な姿とは別のようにさく丸まっていた。
この、私は微かなを見たような気がしてしまった。