"父親になりたくないなんて、一度も言ってない" 第15話
「鶴見の部、どう?」 私から聞いた。
「狭いよ。畳だからな」 夫はしだけ笑った。 「でも、職までは歩いてけるし、自炊もそれなりにやってる。奈美のありがたみがよく分かったよ」
のない況報告。 夫の調は柔らかく、私を傷つけないように慎に言葉を選んでいるのが分かった。
きっと、夫は自分からは言いせないのだ。 「やり直そう」とも、「婚しよう」とも。 真面目で優しいだからこそ、最の引きを自分から引くことに躊躇している。
だから、私が言うべきだった。 これが、私を守り続けてくれた夫に対する、私の番の誠だった。
「悠介」
夫の目が、すっと私を見つめた。 カップを持つ指が、わずかに張る。
「このヶ、私、ずっと考えてた」 私は膝ので両をね、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「で暮らしてみて、よく分かったの。……私、やっぱり子どもは欲しくない」
夫は瞬きもせず、私の言葉を静かに受け止めていた。
「この先、何経っても、どれだけ歳をとっても、私の気持ちが変わることはないとう。私は仕事が好きで、自分のでって、自分のをきていきたい。それは、私のの芯の部分だから」
「……うん」
「そしてね」 喉の奥がくなった。 けれど、声は震えなかった。
「悠介に、父親になるを諦めさせたくない」
夫の瞳が、かすかに揺れた。
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「悠介は、子どもと緒にきていくべきだよ。友だちのでブロックを組みててたの笑顔も、子どもの目線にわせて話を聞いてあげてた姿も……あれが、悠介の本当の姿だった。私と緒にいるために、その未来を全部捨てて、何もし続けるなんて、絶対に違ってる」
「奈美……」
「婚しよう」
はっきりと、その文字をにした。
議なほど、は静かだった。 しみがなかったわけではない。 胸の奥は、分のいが剥がれ落ちるように痛んでいた。 それでも、この選択しかあり得ないという確信が、たいのように体を満たしていた。
「もう、お互いのを縛りうのはやめよう。……悠介を、自由にしてあげたい」
夫はカップをソーサーに置いた。 カチャリ、とさな陶器の音が響く。 夫は両で顔を覆い、そのままくうなだれた。
肩が、刻みに震えていた。 指の隙から、ぽたぽたとテーブルのに粒の涙が落ちていく。
「……ごめん」 掠れた声が、漏れた。
「奈美に、言わせちゃったな」
夫は顔をげ、赤くなった目で私を見つめ返した。
「俺さ……鶴見のアパートでで暮らしながら、けないことに、ずっと迷ってたんだ。奈美がいない部は本当に寒くて、寂しくて……全部を捨ててでも、奈美のところに戻るべきなんじゃないかって、何度もった」
夫は震えるで目元を拭った。
「でも、休にスーパーで買い物をしてるとさ。カートに子どもを乗せた若い夫婦を見るたびに、やっぱりち止まっちゃうんだよ。『俺は、あそこに戻りたいのか』『本当に、父親になるを放せるのか』って。……自分の諦めの悪さに、吐き気がしたよ」
「……うん」
「奈美の言う通りだ。俺たちは、お互いを切にいすぎてる。だからこそ、緒にいたら、いつかお互いをい潰してしまう」
夫はく息を吐きし、背筋を伸ばした。 その顔には、先ほどまでの迷いは消え失せていた。 のの男としての、覚悟の表があった。
「分かった。……婚しよう」
のが、ののテーブルを静かに照らししていた。 私たちはもう、夫婦ではなくなった。 けれど、の結婚式のと同じくらい、お互いをく見つめっていた。
別れのができてからの々は、よりも「現実の制度」が活を支配した。
歳と歳。 が積みげてきた活を解体するのは、簡単なことではなかった。
まず直面したのは、あの平米のマンションの処分だった。 のペアローン。 お互いが連帯債務者となり、抵当権がガチガチに設定された産。 どちらか方がみ続けるにしても、単独ローンへの借り換え審査が必になる。
私の収だけであの残債を引き受けるのはリスクがすぎたし、夫も鶴見をれてであの広い部にむつもりはなかった。