"式1時間前の略奪と百八十万円" 第5話
いくらなんでも」
「今、おばが転勤していて、そのだけ私が軒を借りてんでるんです。階の部が丸々空いていて……おばに事を簡単にメッセージで話したら、『ヶくらいならどうぞ使って』って言ってくれました」
「……急に男が転がり込むって聞いて、よく許してくれたね」
こよりは、ふっと悪戯が見つかった子供のようにさく笑った。
「おば、学の卒業制作展に来てくれたんですよ。先輩が作った折りたたみの飾り棚、今もリビングで切に使ってるって言ってました。『あの角を丸くしてって回お願いしただよ』って言ったら、すぐに分かってくれて」
「……ああ、あのお客さんか。角が危ないからって、本当に回を押されたな」
「回です。最の回は、私が先輩に伝えました」
「覚えてるんだな」
「使うのお願いですから」
こよりは当然のように言い、歩きした。
居に移るために以のアパートを畳んでいた俺にとって、をしのぎ、落ち着いてをやせる所があるというのは、喉からがるほどありがたい提案だった。
を乗り継ぎ、郊の静かな宅にある、築ほどの造階建てのに案内された。
玄関をくぐると、古い柱と蜜蝋ワックスの懐かしい匂いがした。
俺は居のがり框にち止まり、背負っていた荷物をろして々とをげた。
広告
「活費と賃、必ず払わせてくれ。それから、ここで仕事の具を広げたりは絶対にしない。作業は全部、自分のでやるから」
こよりは台所へ向かいながら、振り返って両を腰に当てた。
「じゃあ、使った分はリビングのノートにつけましょう。材の買いしは交代。掃除も分担です。先輩、できることは何でも言ってくださいね」
「何でも、か……。今、何でもって言ったな?」
「そんなに危険なお願いがあるんですか?」
「いや……あそこの番い棚、奥にある鍋がずっと取れなくて困ってたんじゃないか?」
台所の吊り戸棚を指差すと、こよりは目を丸くし、それから吹きすように笑った。
「あ、見破られてました? 背伸びしても全然届かなくて」
俺は棚にを伸ばし、埃をかぶることなく切にしまわれていたい鋳物鍋を掴んで、彼女のに渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
誰かの役にってくれと頼まれたわけじゃない。ただ、い所にある鍋をつろしただけで、こんなにもまっすぐに「ありがとう」と言われた。
その言だけで、胸の奥を締め付けていた鉛のような圧が、ほんのしだけ軽くなった気がした。
その夜、階の客に敷いてもらった布団に入ったものの、朝までほとんど眠ることができなかった。
枕元のスマートフォンには、式に参列するはずだった友や職仲からのメッセージが、途切れることなく届いていた。
『丈夫か?』
『事は聞いた。返事は今すぐしなくていいからな』
『落ち着いたらに顔をせよ』
く、痛ましいほどの気遣いが込められた文面を見るたび、胸の奥がくなり、返信の言葉を打っては消し、打っては消した。結局、誰にも返事を送れないまま、カーテンの隙から々とした朝のが差し込んできた。
階から、規則正しい包丁の音がトントンと響いてきた。続いて、噌汁の汁のばしい匂いが漂ってくる。
顔を洗い、階段をりてリビングに向かうと、エプロンをつけたこよりが振り返った。
「おはようございます。お米、ちょうど炊けましたよ。お噌汁もあとしです。緒にべましょう」
「……おはよう。ごめん、朝まで何も伝えなくて」
こよりはお椀を並べながら、首を振った。
「じゃあ、お椀をつ運んでください。それと、無理に全部べなくて丈夫ですからね。べられる分だけでいいです。残ったらお昼のおにぎりに回せますから」
『ちゃんとべなさい』と正論で励まされるよりも、その控えめな言の方が、今の俺の胃袋にはずっと優しかった。
湯気のついご飯をに運ぶと、米の甘みがじんわりと舌のに広がった。
「……美しいな。昨から、何をべても砂を噛んでるみたいだったのに」
「よかった」
こよりは胸を撫でろし、嬉しそうに目を細めた。