"遺体の上で眠り続けた十四年" 第2話
と言い張り、普段は襖を固く閉ざして由里のち入りを厳に禁じた。掃除をかけることすら許さず、換気のための窓けも彼自がでうと言って、由里がその襖にをかけることすら極度に嫌悪した。
それだけではなかった。
夫婦の寝として指定されたのは、階にある主寝だった。敷ので最も当たりが悪く、湿気が籠もりやすいその部は、奇妙なことに、階のあの閉ざされた畳のの――寸分の狂いもなく、真に位置していたのである。
「彰さん、どうしてわざわざこの部を寝にするの? 側の部のほうが広くて、も綺麗に見えるのに」
由里がそう提案した夜、彰が見せた表を、彼女は涯忘れることができなかった。
普段ので穏やかな紳士の仮面が瞬で剥がれ落ち、球の奥に爬虫類をわせる酷なが宿ったのだ。彰は由里の細い首を骨が軋むほどの力で握り締め、く濁った声で元に囁いた。
「俺が決めたことに従っていればいいんだ。この部でなければならない理由がある。おは余計な詮索をせず、ただ俺の妻としてここにいればいい」
恐怖で息が詰まった。それ以来、由里はその話題に度と触れることができなくなった。
真夜、階の寝でベッドに横たわっていると、決まってから何かがいがってくるような錯覚に襲われた。
広告
板張りのを隔てたすぐ、あの閉ざされたの暗が、自分たちの眠るベッドの真にをけている。のい夜には、板の隙から、古い畳と壁の匂いとは違う、言いようのないたく甘い腐敗のような気配が微かにちってくる気がした。だが、夫にそれを言えば、またあのたい目で睨み据えられる。由里は自分の神経過敏な妄だと自分に言い聞かせ、毎夜、毛布を固く引きげて目を閉じるしかなかった。
そして、最も常軌を逸した異常な来事は、毎の真夜に訪れた。
そのになると、彰は仕事をすべて断り、朝から言もを利かずに敷に引き籠もった。夕にもをつけず、斎に閉じこもり、計の針が夜零を回るのをじっと待つ。
そして、丑つ――夜を告げる柱計の鈍い鐘の音が鳴り響くと、彼は寝のベッドから静かに抜けし、階段を軋ませて階へとりていくのだ。
結婚して最初ののその夜、由里は夫のただならぬ気配に胸騒ぎを覚え、寝着のにカーディガンを羽織って、音をてないように階段をりた。
廊の角から恐る恐る覗き見た景は、由里の背筋を凍りつかせるのに分だった。
かりすら届かない漆黒の階。閉ざされていたはずのあのの襖がけ放たれていた。
部の央、古びた畳の真んに、彰が、正座していた。
彼のには、琥珀の液体が入ったスコッチウイスキーのボトルが握られていた。それも、もをつけられていない、封を切られたばかりの最級シングルモルトのボトルだ。
彰は虚ろな、狂気を含んだ瞳で畳の表面を見つめながら、ボトルのキャップをし、ゆっくりと傾けた。
トトト……ドボドボドボ……。
静寂に支配された真夜の敷に、液体が乾いた畳に吸い込まれていく異様な音が響き渡る。
ウイスキーは、畳の縁のあたり、特定の敷のような点に向けて、容赦なく注ぎ落とされていた。芳醇なピートと烈なアルコールの匂いが、瞬にして廊にまでち込める。
彰は畳に染み込んでいく琥珀の染みを見つめながら、喉の奥から絞りすような声で、誰にともつかない呟きを漏らしていた。
「……めよ。おの好きな酒だ。……逃げられるとうな。おはここからられない。俺の真で、永に俺のものだ……」
その声は、の告のようでもあり、獄の霊を縛り付ける呪詛のようでもあった。
由里は恐怖のあまり元をで覆い、鳴を押し殺しながら階の寝へとうようにして逃げ戻った。
翌朝、何わぬ顔でスーツに袖を通し、ネクタイを締める彰の姿があった。
階のの襖は再び固く閉ざされ、鍵がかけられていた。