"少女を救った川の底に、私の元妻がいる" 第6話
覚えていたこと
寝を美穂に使ってもらい、私はの部へ移った。
その晩、ベッドに腰かけた美穂に聞いた。
「由紀さんのところじゃ、駄目だったのか」
美穂は、しばらく私を見ていた。
「母さんのお葬式の晩、私が言ったこと、覚えてる?」
「……覚えてる」
「よかった」
それきりだった。あのときは、世話になるなら気のれたがいいのだろう、としかわなかった。
翌、美穂はの部を見たいと言った。腕を貸して連れていくと、入でが止まった。
ランドセルは壁のフックにかけたままだった。ベッドの脇にはウルトラマンのシールが貼ってあり、机のには作りかけのブロックが置いてあった。
美穂は子に座り、組みかけの部品に触れた。
「あの朝、帰ってきたら続きを作るって言ってたね」
婚して以来、美穂が私のでのいを話したのは、それが初めてだった。
「ほこりだけは、払ってある」
そう言うと、彼女はうなずいた。その夜、隣の部から、いこと泣く声が聞こえた。
戻ってきたばかりのころは、杖があれば歩けた。朝は庭先でを浴び、仕事へる私を見送った。夕方、帰ると、うどんができていることがあった。つゆが妙に濃いと、ほとんどのしないがあったが、私は全部べた。
のことも、婚したときのことも、普段はにしなかった。
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町では、別れた妻の面倒まで見ることはない、というもいた。田辺のおばさんは私の顔を見て、ため息をついた。
「よっぽど世で借りがあったんだねえ」
「今ので、ですよ」
通院先は、岐阜の総病院だった。医師の説を緒に聞き、町の診療所や訪問護ともつないでもらった。薬でみ方を遅らせる治療を続けながら、体の変化にわせて暮らし方を考えていくのだという。
通院の帰り、美穂は助席の窓にもたれて聞いた。
「直、どうして誰とも緒にならなかったの」
「縁がなかった」
「おばさん、何も紹介したって言ってたよ。会いもしなかったって」
私はを見たまま、何も答えなかった。
「まだ、自分が悪かったとってるの」
「俺の子供だったからな。美穂が、そう言っただろ」
彼女は窓のほうへ顔を向けた。それからに着くまで、度もこちらを見なかった。
には、箸を握るのが難しくなった。持ちやすい器やスプーンを試したが、事に1以かかるようになり、私がを貸すことが増えた。
初めて元へスプーンを運んだとき、美穂は顔を背けた。
「自分でべられる」
「が疲れただろ。めないうちにべよう」
しばらくして、こちらを向き、さくをけた。
暑いには、庭で髪を洗った。背もたれを倒した子に座ってもらい、首にタオルを当て、ぬるま湯をかけた。
「母さんにも、こうやって洗ってあげた」
「見てたよ。修理に来たとき」
「あの、私のことばっかり見て、、全然直してなかったよね」
返事をせずに湯をかけると、美穂は目を閉じたまま笑った。
になると、言葉が聞き取りにくくなった。には子が必になり、寝返りも自分では打てなくなった。護師に教わりながら、マットレスや姿勢を変えるクッションをそろえた。夜は携帯のアラームを使い、2おきに様子を見た。
ある夜、体を横に向けると、美穂が目を覚ました。
「ごめんね」
「美穂も、お母さんにしてただろ」
暗いで、彼女の目がこちらへいた。
「覚えてるの?」
「2ごとだった。あの、午いっぱい修理してたから」
美穂は笑い、それから顔を枕に押しつけた。
すぐ帰れるよう、くの仕事は断った。収入は半分以になった。医療費には助成があったが、活の支は続く。台所の引きしに置いた帳面には、毎、貯をろした額が増えていった。
ある帰ると、その帳面が美穂の膝にいてあった。まだしく指で、をかけて引き寄せたらしかった。
「あと、どれくらい?」
「丈夫。暮らしていける」
美穂はうなずいた。それから事のたび、まだ残っているのに、もういい、と言うようになった。