"昨日の私を着る女" 第11話
「鈴さん、あなたが佐伯さんの装を真似ていたについても、調査がんでいます」
部が類をめくる乾いた音が響いた。
「防犯カメラの映像を鮮にし、万目撃された際に元同僚である佐伯さんのを隠れ蓑にするため……そう判断せざるを得ない証拠が揃っています」
鈴さんはゆっくりと顔をげた。
その線は、部でも、警察官でもなく、まっすぐに私へと向けられた。
そこには、居酒で見せた涙も、更で見せた嘲笑もなかった。
ただ、底のれない暗い井戸のような、空虚な瞳だった。
「……佐伯さん」
彼女がをいた。
静かで、波紋ひとつのない声だった。
「あなた、自分のことを特別だとっているでしょう」
田主任が息を呑む音が聞こえた。
「私はただ、千先輩のそばにいたかっただけ。あなたが持っていて、私が持っていなかったものを、し借りただけです」
「それは、のを奪うことよ」
私は逃げずに、彼女の目を真っ向から見据えて言った。
鈴さんはふっと、唇の端をさく緩めた。
「奪う? そんな層なものですか、あなたの常って」
彼女は警察官に促され、席をった。
部をていく直、鈴さんは私のすぐ横を通り過ぎる際、誰にも聞こえないほどの微かな声で呟いた。
「もしあの曜、あなたが回りで社内にいなかったら……どうやって自分を証するつもりだったんですか?」
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背筋を、氷の刃で撫でられたような覚がした。
「……あなたは最初、自分が何を着ていたかすら、いせなかったのに」
ドアが閉まり、彼女の姿が消えた。
残された部ので、私は自分の胸のにを当てた。
臓が、痛いほどたく脈打っていた。
*
鈴真由は、ストーカー規制法に基づく警察からの厳警告を受け、会社には自己都退職の届をして姿を消した。
千先輩のアパートの周辺には防犯カメラが増設され、警察の定期な巡回ルートに組み込まれたという。
会社のでは、その件は「なかったこと」のように処理された。
田主任は何事もなかったかのように私に業務連絡を回し、同僚たちも鈴の名をにしなくなった。
腫れ物に触らないような、奇妙で過剰な配慮が数週続いたあと、オフィスは以の無質な常を取り戻していった。
けれど、私のクローゼットは度と元には戻らなかった。
あのミルクティーのカーディガンも、緑のロングスカートも、のツイードジャケットも。
すべてきな段ボール箱に詰め、ガムテープで厳に目張りをして、押し入れの最奥に押し込んだ。
毎朝、を選ぶが苦痛になった。
鏡のにつたび、そこに映っている輪郭が、本当に「私」のものなのか分からなくなる。
の目を惹かない、特徴のない、黒やネイビーのばかりをにとった。
を歩いていても、背からづいてくる音にを澄ませてしまう。
誰かが私と同じ歩幅で歩いていないか。
誰かが私と同じの傘を差していないか。
常というい皮膜は、度破れてしまえば、度と元の滑らかさには戻らないのだ。
*
事件から半が過ぎた、の終わり。
の杏がづき始めた、よくれた曜の朝だった。
私は朝の支度の際、ふと押し入れのにち止まった。
いつまでも逃げ続ける自分に、区切りをつけたいという衝があった。
段ボールのガムテープをカッターで切り、奥から、あのミルクティーのローゲージカーディガンを引っ張りした。
半ぶりに袖を通す。
編みの柔らかいウールのみが、肩に馴染む。
鏡を見る。
そこには、誰のでもない、歳の佐伯理がっていた。
オフィスに社すると、フロアの入りでさんとすれ違った。
さんは私のを見て、ぱっと表をるくした。
「あ、理。そのカーディガン、やっぱりすごく似うね。久しぶりに見た気がする」
「……ありがとう」
私はしぎこちなく、けれどから微笑み返した。
しだけ、呼吸がくなった気がした。
昼休み、私は気分転換を兼ねて、会社からしれたオフィスのコンビニへ向かった。
の澄んだ差しが、ガラス張りの自ドアをく反射させていた。