"昨日の私を着る女" 第9話
ただ、じっと私の瞳の奥を覗き込んできた。
「佐伯さんって、本当に真面目な方なんですね」
彼女はさく首を傾げた。
「懸命、私のことを調べて。メモを取って。私が何を着ていたか、何に席をったか、必にのに詰め込んで」
鈴さんは半歩、さらに踏み込んできた。
たい吐息が、私の頬にかかるほどの距だった。
「でもね、佐伯さん。世ののって、のことなんてこれっぽっちも見てないんですよ」
彼女の唇の端が、のように吊りがった。
それは、まれて初めて見る、純粋な悪の形をしていた。
「誰もね、をどっちが先に買ったかなんて興ないんです。そんなの、どうでもいいゴミみたいな事実なんです」
鈴さんは私の元に唇を寄せた。
湿度を含んだ、たいささやきが腔に滑り込んでくる。
「今、みんなが見ているのはね」
彼女はそこで拍、楽しむようにを置いた。
「私を異常な目で見つめて、私のを真似して、私のを付け回して精神に追い詰めている……『あなた』なんですよ、佐伯さん」
全の血液が、の裏から抜け落ちていくような覚がした。
「、何を着てきますか?」
鈴さんは私の元から顔をし、無邪気な女のように首を傾げて微笑んだ。
「楽しみにしてますね、佐伯さん」
彼女はそれだけ言うと、背を向け、更の鍵をけて軽やかにてった。
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カツン、カツンとざかるヒールの音。
私は施錠の解かれた更のに、膝から崩れ落ちていた。
更のたいリノリウムのにをついたまま、私はしばらくけなかった。
ざかる鈴真由の音が完全に消えたあと、換気扇のい唸りだけがに響いていた。
「……、何を着てきますか?」
あの無質な微笑みが、網膜の裏に焼き付いてれない。
悔しさで指先が震え、爪がのひらにくい込んだ。
だが、痛みが神経を巡るにつれて、を帯びていたが奇妙なほど急速にえていくのをじた。
私はちがり、鏡を見た。
髪は乱れ、顔は酷く青ざめていたが、目の奥だけは濁っていなかった。
鈴の敷いたレールので踊らされていたのだ。
「誰が先にあのを着たか」などという毛な俵に乗っている限り、私は絶対に勝てない。
はただの布だ。
誰でも買えるし、誰でも着られる。
だからこそ彼女はを選んだのだ。
法な証拠能力を持たず、周囲には「若い女性社員同士のない諍い」としか映らない、もっとも曖昧で、もっとも浸しやすい境界線。
彼女を追い詰めるべきなのは、そこではない。
の議論を、すべて捨てる。
必なのは、客観で、改ざんの余がない「」と「物理な記録」だけだった。
*
曜の夜、私は会社のカスタマーサポートシステムの管理画面に、私物のノートパソコンからリモートアクセスした。
私の業務ログをく。
曜の午、鈴が「偏痛で退した」と主張し、千先輩のアパートのに現れたとされる帯。
あった。
午分から分。
私は、定期購入の解約トラブルを抱えた顧客からのクレーム話を、分にわたって受け続けていた。
通話ログには、私のオペレーターID、通話始と終の秒単位のタイムスタンプ。
そして、サーバーに自保された私の音声データが、確かに記録されていた。
私はそのログ画面を印刷し、音声データの管理番号を控えた。
次に、さんにメッセージを送った。
『お願いがある。疑って悪かったと責めるつもりはない。ただ、曜の私のについて、事実だけを確認してほしい』
夜、さんからい返信があった。
『……、ある?』
*
曜の午、私はさんと、千先輩の待つ貸し会議に入った。
千先輩の隣には、彼女が以から相談していたという女性の政士が同席していた。
最初、さんは酷く居悪そうにを縮めていた。
「理、ごめん……私、鈴さんのあの怯え方を見て、本当に理がどうかしてるんだってい込んじゃって……」
「いいの、さん。第者から見たら、そう見えるように鈴さんがいていたんだから」
私はテーブルのに、プリントアウトした通話ログを広げた。