みかん小説
本棚

"昨日の私を着る女" 第8話

母親。

あの話で聞いた、千先輩の母を装って私に掴みかかってきた女。

あれは本当に千先輩の母親だったのか?

それとも、鈴真由の親族、あるいは共犯者だったのか?

あるいは、駅で私を恫した女と、主任に話をかけてきた女は、同物なのか?

パズルのピースが、目ので濁流のように乱れ散っていく。

「鈴さんはな、君とのグループ分けを変えてほしいと申してきた。これ以同じ島で働くのは精神に耐えられないと」

主任はたく言い放った。

「君の勤続数とこれまでの実績を考慮して、今回は厳注にとどめる。だが、これ以鈴さんの私活を嗅ぎ回ったり、奇妙な言いがかりをつけるようなら、社内規定に基づく処分を考えざるを得ない」

「主任、私は……」

「もういい。席に戻りなさい」

主任は帳を閉じ、度と私の顔を見ようとしなかった。

*

面談をたフロアの空気は、完全にえ切っていた。

誰として、私と目をわせようとしない。

パソコンのキーボードを叩く乾いたプラスチックの音だけが、障りに響いていた。

湯のにっていたさんが、私と線がうと、気まずそうに目を逸らした。

私はたまらず、彼女の元へ駆け寄った。

「さん」

「……あ、佐伯さん」

さんはに持っていたコップを胸元に引き寄せ、無識に半歩、ずさりした。

広告

そのわずかなのきが、刃物のように私の胸を抉った。

「さんなら、分かってくれますよね? 私、おかしくないですよね? 鈴さんが私のを真似してたの、さんも最初に気づいてましたよね?」

すがるような私の問いに、さんは困惑したように眉をの字に曲げた。

「……うん。最初は、似てるなーってったよ。でも……」

さんは声を潜め、周囲を気にしながら言った。

「佐伯さん、最ちょっと……ピリピリしすぎだよ。誰が何を着てたかなんて、そんなに目くじらてることじゃないし……昨も、鈴さんの引きしの周りをずっと見てたでしょ?」

「あれは、確認したかっただけで——」

「佐伯さん」

さんは、憐れむような、けれど決して踏み込ませない壁を隔てた声で言った。

「度、療内科とか……ってみたら? 仕事、ちょっと休み取った方がいいよ。みんな、配してるんだよ?」

『みんな、配してる』

その言葉の裏にある本音が、毒のように鼓膜に染み渡る。

『みんな、あなたを気悪がっている』

さんはそれだけ言うと、逃げるようにフロアの奥へ消えていった。

孤だった。

誰も私の言葉を信じない。

鈴真由が編みげた「被害者」の繭ので、私は完全に、加害者の怪物の姿に仕てげられていた。

彼女は度も、私の悪を声で言いふらしたりはしていない。

ただ、怯えたように涙を浮かべ、私の正当防のをそのまま事実として差ししただけだ。

真実を語るが狂に見え、嘘を纏ったが聖女に見える。

常という名の制度が、私を窒息させようとしていた。

*

定を過ぎ、フロアからが引けていくのを待って、私は更へ向かった。

くこの所から逃げしたかった。

狭い更の扉をけ、自分のスチールロッカーに鍵を差し込もうとした、そのだった。

カチャリ、と背でドアが閉まる音がした。

振り返ると、鈴真由がっていた。

彼女は更のドアの鍵を、内側から静かに回した。

カチリ、とさな属音が静寂に落ちた。

「……何の真似?」

私の声は、自分でも驚くほどく掠れていた。

鈴さんはゆっくりと歩み寄ってきた。

そこには、主任ので見せていた怯えも、同僚たちに向けていた懐っこい笑顔もなかった。

何のも乗っていない、能面のような静謐な顔だった。

彼女は私のセンチでを止めた。

ふわりと漂ってきたのは、私と同じ、鹸の料の匂い。

「佐伯さん」

鈴さんは、囁くような滑らかな声で言った。

「お疲れ様でした。変でしたね、主任とのお話」

「……あなたが仕組んだのね」

私はロッカーの扉に背を押し当て、爪がい込むほど拳を握りしめた。

「千先輩のマンションにったのも、私を悪者に仕てげたのも、全部」

鈴さんは表を変えなかった。

否定も肯定もしない。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: