"昨日の私を着る女" 第3話
という構図だけだった。
「すみませんでした。し酔っていたみたいです」
私はそれ以何も言えず、めたお通しの鉢を見つめるしかなかった。
座敷の端で、鈴さんがグラスを元に運ぶのが見えた。
俯いた彼女の唇の端が、ほんの数ミリだけ、に向けて歪んでいた。
*
翌週から、私は自分のを変えた。
用していた淡いベージュやオフホワイトのニット、ふわりとしたフレアスカートをすべてクローゼットの奥に封印した。
代わりに、これまで度も着たことがなかった黒や濃紺の細のテーパードパンツと、仕てのい無のシャツだけを着るようにした。
髪もつに固く束ね、アクセサリーもすべてした。
自分の輪郭を消すための防護だった。
これなら、真似のしようがないはずだった。
曜の昼休み、私は誰もいない湯で、マグカップにインスタントコーヒーのを入れていた。
気ポットの湯ボタンを押したとき、背で気配がした。
音はまったくしなかった。
「佐伯さん」
すぐの裏で声がした。
湯がカップの縁からね、私のの甲に滴落ちた。
じわりとした痛みがったが、私は声をげられなかった。
振り返ると、鈴さんが至距にっていた。
いつも通りの、あのった無表にい微笑。
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「最、どうしてあのを着てこないんですか?」
首筋の産毛が逆つ覚があった。
「……何のこと?」
「あのベージュのカーディガンとか、緑のスカート。すごくお似いだったのに」
鈴さんは歩、距を詰めてきた。
彼女のから、私が使っている柔剤とまったく同じ、微かな鹸の匂いがした。
「私、佐伯さんの着ていたものが、番しっくりくるんです。……私たちが着るから、があるのに」
『私たち』という言葉が、鼓膜の内側にたく張り付いた。
「どういう?」
私が掠れた声で問い詰めると、鈴さんはふっと線をし、にした自分のマイボトルにを注ぎ始めた。
「なんでもありません。ただ、佐伯さんが急にになっちゃったから、もったいないなとっただけです」
彼女はそれだけ言うと、軽やかに湯をてった。
残された私は、え切った指先で自分の作業用エプロンを固く握りしめていた。
彼女はただ私のを欲しがっているのではない。
私のそのものを、側から観察し、解体し、何かの型枠として利用しようとしている。
その輪郭が何なのかは、まだ分からなかった。
だが、逃げのない檻のに閉じ込められつつあることだけは、皮膚の覚で理解できた。
*
決定な亀裂は、曜の夕方に訪れた。
定のをし回り、私はフロアをて駅へ向かった。
会社から徒歩分ほどの私鉄の乗り換え駅。
改札は帰宅を急ぐ通勤客でごった返していた。
自改札に定期券をタッチしようとした、その瞬だった。
「……ちょっと、あなた」
い力で、トレンチコートの腕を掴まれた。
振り向くと、見らぬ女性がっていた。
代半ばくらいだろうか。仕ての良いジャケットを着ているが、その表は異様なほど引きつり、血った目が私の顔をい入るように見つめていた。
「あの、どちら様ですか? をしてください」
「とぼけないでよ!」
女の声は甲く、周囲の乗客が数、を止めてこちらを振り返った。
女は私の腕を掴んだまま、震えるでポケットからスマートフォンを取りした。
「昨も、台のアパートのにいたでしょう。これで何度目? 千がどれだけ怯えてるか、あなた分かってやってるの?!」
『千』という名に、私の考が瞬止した。
藤井千。
まで私の会社に勤めていた、つの先輩だった。
仕事の面倒見がよく、私がミスをしたときも何度も庇ってくれた恩だ。
彼女が結婚をに退職してからも、に数回はLINEで況を報告しっていた。
だが、千先輩が今どこにんでいるのか、正確な所など私はらないはずだった。
「待ってください、違いです! 私、台なんて所、ったこともありません!」
「嘘をおっしゃい!」
女はスマートフォンの画面を私の目のに突きつけた。
画面に表示されていたのは、夕暮れのアパートの通をくから盗み撮りしたような、粗い写真だった。