"「中絶して逃げた」元妻が連れていた、七歳の双子" 第2話
あんなのおかしい女の言うこと、真に受けちゃダメよ。くお薬をもらって帰りましょう」
袖を掴む母の指先が、カタカタと音をてて震えていた。
実へ戻る内は、息が詰まるほどの沈黙に支配されていた。
助席の母は、沈黙に耐えかねたように、ひっきりなしに喋り続けていた。
「本当に災難だったわねぇ。あの女、きっと再婚相に捨てられて、活費に困って健にたかりに来たのよ」 「だいたい、あの子たちが健の子だなんて証拠、どこにもないじゃない。似てる男の子なんて世のにいくらでもいるわ」 「母子当をもらって、いい気なものよね。父親が誰かもわからない子を産むなんて、本当に恥らずなの娘だわ」
私は度も相槌を打たなかった。 ハンドルを握る両のひらに、じっとりとたい汗が滲んでいる。
の奥で、の母の声がエンドレスで再されていた。
『健、落ち着いて聞きなさい』 『由美さんはね、もうお腹の赤ちゃんをおろしたそうよ』 『あんたの子じゃないから産めないって。泣きながら、浮気相の男のところへっちゃったわ』 『あんな性悪女、こっちから願いげよ。もう度と連絡しちゃダメ。全部お母さんに任せなさい』
あの、私は方への期張の連続で、ともに限界だった。 実で同居していた由美と母の折りいが悪いことはっていた。
広告
だが、母が泣きついてくるたびに、私は由美にこう言い放っていた。
「母さんは配偶者をくして寂しいんだ。おがしになってくれよ」
由美の妊娠がわかった直、由美は「で実をてアパートを借りたい」と懇願してきた。 私はそれを、「母さんを見捨てる気か」と鳴り散らして拒絶した。
そして、張先から戻った、由美の荷物は消えていた。 残されていたのは、緑の枠線が引かれた、署名捺印済みの婚届だけだった。
私は母の言葉を信じた。 信じたかったのだ。 妻が浮気をして勝にてったという物語に縋り付かなければ、「自分が妻を追い詰めて殺しかけた」という事実に向きう勇気がなかったからだ。
「……母さん」 自宅の駐にを止め、エンジンを切った暗がりので、私はく呟いた。
「なに? 健」
「、由美が絶したって言ったよな」
母の呼吸が止まる気配がした。
「え、ええ。そうよ。言ったじゃない、病院でおろしたって」
「どこの病院だ?」
「そ、そんなの昔のことで忘れたわよ! 産婦科なんてどこも同じじゃない!」
「母体保護法」 私はフロントガラスを見つめたまま、平坦な声で言った。
「本じゃ、配偶者の同がなきゃ、絶術は受けられない。例はあるが、当の俺たちは法な夫婦だった。俺は、度もそんな類にサインした覚えはないぞ」
「それは……あの女が、浮気相の男にサインさせたのよ! 偽造したのよ!」
母の声が裏返り、ヒステリックに内に反響した。 その取り乱し方そのものが、何より雄弁な答えだった。
「に入るぞ」
私は母の顔を見ることなくをりた。 背で、母がよろめきながらついてくる音が聞こえた。
築の造宅。 玄関をけると、線と古い畳の饐えた匂いがをつく。 、私はこので、母とで暮らしてきた。 由美に裏切られたれな息子と、それを支える献な母、というグロテスクな役割劇を演じ続けながら。
「健、お茶を淹れるわね。し休んで――」
「類はどこだ」
リビングへ向かおうとする母のにちはだかった。
「何の類よ……」
「の、婚に関する類だ。財産分与の記録、役所からの通、全部母さんがファイリングして仏壇のにしまってあるって言ってたよな」
「あんなもの、とっくに捨てたわよ! 縁起の悪い!」
母は私の線を避け、台所へ逃げ込もうとする。 その腕を、私は掴んだ。 力を入れたつもりはなかったが、母は「痛い!」と袈裟に叫んでを縮めた。
以の私なら、すぐにをして「ごめん」と謝っていただろう。 だが、今の私の指先は、鉄のようにたく固まったままだった。
「捨ててないはずだ。母さんは、自分の『正しさ』を証する切れを絶対に捨てないだ」
母をリビングに残し、私は階の母の寝へがった。