"結婚記念日に渡された電車の片道切符" 第1話
羽田空港第2ターミナルの発ロビー。
結婚15周の記。
夫の佐藤直から渡されたのは、きの航空券ではなく、京急線の片切符だった。
「由美、おはでで帰れ」
夫の声は、搭乗案内のアナウンスにかき消されることもなく、私の鼓膜をたく叩いた。
目のには、仕ての良いスーツを着た夫。
そして、その腕にぴったりと体を寄せている若い女。
川莉奈。29歳。夫が課を務める営業部の事務アシスタントだ。
女の肩には、先週のクレジットカード細で見覚えのある、淡いベージュのブランドバッグが掛けられていた。
「……え?」
私の喉の奥から、乾いた声が漏れた。
「何を言ってるの? 今は、結婚記の旅でしょう? ふたりで札幌にくって……」
「計画が変わったんだ」
直は苛ちを隠そうともせず、眉にい皺を寄せた。
「急遽、札幌のクライアントとの会が入った。莉奈は先方の担当者とも顔見りだから、同させることになったんだよ」
「でも、私のチケットは? ホテルも……あのも、ふたりで予約したじゃない」
15の婚旅で訪れた、さなビストロ。
直が2ヶ、「久しぶりにこう」と言いした所だった。
私はこののためにパートのシフトを調し、普段は買わないし価なコートをおろし、娘の美咲の作り置きまで完璧に用してきた。
広告
直はため息をつき、私のに握らせた切符を指先で弾いた。
「仕事の話をしてるんだ。おを連れてって、クライアントので恥をかかせるわけにいかないだろ。のことだけやってるおには、ビジネスの現なんて分からないんだから」
隣で莉奈が、くすりと喉を鳴らして笑った。
「奥さん、急な張でごめんなさいね。でも、課の事なお仕事の邪魔はしないでいただけますか?」
悪びれる様子もない、涼しげな笑顔。
その指先には、丁寧に施されたジェルネイルがっている。
私のは、毎の器洗いや材の買いしで、指の節がし赤く荒れていた。
「直、本当に言ってるの?」
私は夫の目をまっすぐに見つめた。
「私をここに残して、ふたりでくの?」
直は腕計に目を落とし、舌打ちをひとつ漏らした。
「みっともない真似はよせ。が見てるだろ。……くぞ、莉奈」
夫は度も振り返らなかった。
女の腰にそっとを回し、保検査のゲートへと歩いていく。
私は、き交う旅たちの波の真んで、ち尽くしていた。
のに残された京急線の切符は、私の体温でじっとりと湿り、無惨に折れ曲がっていた。
自宅のドアをけたのは、午2過ぎだった。
しんとしたリビングには、昨晩セットしておいた空気清浄のい唸り声だけが響いている。
泣き叫ぶ気力すら起きなかった。
ただ、胃の底に鉛を流し込まれたような、くてたい違だけが沈んでいた。
私はコートも脱がず、ダイニングの子に腰をろした。
テーブルのに置かれたノートパソコンをく。
「急な仕事」
「先方の担当者と顔見り」
そんなはずがない。
直は先週、自分のスーツケースに仕事用の資料など切入れていなかった。
代わりに詰め込んでいたのは、品のカジュアルシャツや、私が見たこともない派な着だった。
私はオンラインバンキングにログインし、クレジットカードの利用履歴をいた。
がの計は、完全な共働きスタイルだ。
賃の16万円と部の固定費は直の与座から引き落とされるが、費、用品、費、そして学3になる美咲の学塾の謝は、すべて私の座からている。
そして、々の買いしや族の旅用に、私の名義で契約したクレジットカードの「族カード」を直に持かせていた。
画面をスクロールする。
過半の細が、たい数字となって並んでいた。
214、箱根の級温泉旅館。2名分、12万8000円。
夫はその週末、「静岡のへ帰り張」と言っていた。
320、座のフレンチレストラン。5万4000円。
「支社の若との慰労会」と言っていた夜だ。
412、表参のジュエリーショップ。
8万6000円。
私の元には、指輪どころかハンカチひとつ届いていない。
そして、5に入ってからの決済。