"断髪の夜に消えた七年目の花嫁" 第1話
の連休を控えた夕暮れ、実のリビングにはどこか気だるい空気が漂っていた。テレビから流れるバラエティ番組の笑い声に混じって、台所からは母親が夕の支度をする包丁の音が規則に響いている。窓辺のソファに腰をろし、元の文庫本をめくっていた林織は、ふいに背で弾んだ妹の声に肩をわずかに揺らした。
「ねえ、お姉ちゃん。ちょっとそこに座っててよ。い髪型に編んであげるから」
つの妹、美結が引きしをごそごそと漁りながら、悪戯っぽい笑みを浮かべてづいてくる。織は本から線をげ、妹の顔を伺った。美結がのために何か世話を焼くなど、普段の活ではまずあり得ないことだった。警戒を滲ませながら、織はさく首を横に振る。
「いいよ、自分で結べるから。それに、もうすぐご飯でしょう」
「いいから、いいから! のお祝いなんだから、しはお洒落しなよ。ほら、背筋伸ばして」
美結は織の返答を待たず、引にその肩を押し込んでダイニングチェアに座らせた。背に回った美結の指先が、織のい黒髪に触れる。腰のあたりまで届くその髪は、織が、度もきく切ることなく切に入れを続けてきたものだった。トリートメントを欠かさず、枝毛を見つければ丁寧にえ、まるで自分自の誇りを守るかのように伸ばしてきた髪だった。
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美結の指が髪をかき分ける触が伝わってきた、その直だった。 背で、たい属がなりう鈍い音がさく響いた。
ジョキッ――。
元を掠めた々しい切断音とともに、部にあったはずの確かなみが、ふっと消えった。続いて、肩を滑り落ちていく無数の毛束の触。黒い塊が、ダイニングのフローリングのに音もなく散らばっていった。
「あはっ、切りすぎちゃった! お姉ちゃん、見て見て、落ち武者みたい!」
美結のには、作用のきな裁ちバサミが握られていた。刃の隙には、まだ数本の黒髪が挟まっている。美結は腹を抱えて笑い転げ、子に座ったまま直する織を指さした。
織の喉から、声がなかった。全の血が元からすっと引いていくような悪寒に襲われ、震えるをゆっくりと部へと伸ばす。触れたのは、かつての滑らかな黒髪ではなく、無惨に根元くから刈り取られ、揃いに突き刺さるようない毛先と、剥きしになったたい皮の触だった。。のものも慈しんできた髪が、わずか秒の刃の閉で、ただのゴミ屑のようにに散らばっている。
「……み、ゆ……? あんた、何……何をしたの……?」
震える唇から漏れたのは、掠れた呻き声だった。鏡を見ずとも分かる。部の髪は根元からえぐり取られ、のさも無茶苦茶に切り刻まれている。
涙が界を遮り、喉の奥が引き攣るように痛んだ。
その騒ぎを聞きつけて、台所から母の佳代子が濡れたをエプロンで拭きながら顔をした。に散乱する黒い髪と、ハサミを持って笑い転げる美結、そして子ので肩を震わせる織の姿を瞥する。だが、母の顔に浮かんだのは驚きやりではなく、底から鬱陶しそうな呆れ顔だった。
「なによ、騒々しいわね。それでいいじゃないの。毎毎、ボサボサとくて幽霊みたいだったんだから。ちょうど美容院代も浮いたじゃない。髪なんて放っておけばまたえてくるわよ」
母はの髪の毛を瞥すると、まるで部の隅の埃でも見るかのように眉をひそめ、すぐに台所へと戻ろうとした。その背に向かって、織は子からちがり、叫びそうになるのを必で呑み込んだ。抗議の言葉を紡ごうとした瞬、リビングのソファで寝転がっていた父の昭男が、元のスマートフォンから顔をげることなくを挟んだ。
「そうだぞ、織。美結がどうしての奴の髪を切らないとう? おと仲が良いから甘えてるんだろうが。族なんだから、しは笑ってやれ。をませようとしただけだ」
「……仲が良いから……? これが、笑わせるため……?」
織の問いかけは、宙に浮いたまま誰のにも届かなかった。