"あの道は、学校へ続いていなかった" 第11話
私の問いに、澄さんは静かに目を伏せた。
「誰も、見てくれないからですよ」
その言が、私の胸を抉った。
「あのには、毎が来ていました。主の親戚、町内会の、そしてあなたのお父さん」
澄さんの声は、波のない面のように平坦だった。
「皆さん、私が階にいることをっていました。鍵がかけられていることも、事をに回しか運ばれないことも、全員がっていた」
彼女はカップをソーサーに戻した。
カチリと、さな陶器の音が響く。
「でも、誰として、私の目を見ようとはしなかった。通り過ぎるとき、全員が線を元に落とすの。見て見ぬふりをするのが、あの町できるための作法だったから」
私は、角田老の言葉をいした。
『ののことだ』
『関わっちゃいけないと、見捨てなきゃいけないがいる』
あの町のたち全員が共していた、酷な沈黙。
「あの、私は限界でした」
澄さんは、自分の首をでそっと覆った。
袖のカーディガンのにあるものを、私は像せずにはいられなかった。
「夜にひどく殴られて、から血が止まらなくて……このまま、あの部で誰にも気づかれずにぬんだといました。だから、窓ガラスにを押し当てたんです。誰でもよかった。通りかかる誰かに、見てほしかった」
広告
澄さんは私を見た。
その澄んだ瞳が、私を射抜いた。
「でも、は誰も見げてくれない。……見げてくれたのは、あなただけだった」
「でも私は……それを父に渡してしまった」
「ええ。そのの夕方、主が階にがってきました」
澄さんの声が、わずかにくなった。
「ひどくっていました。私の髪を掴んで、壁に叩きつけました。そして次の、を呼んで、窓のから何本も太い釘を打ち込ませた」
私は拳をく握りしめた。
爪がのひらにい込み、痛みがる。
「が、入らなくなりました」
澄さんは静かに言った。
「真っ暗な部ので、埃の匂いを嗅ぎながら、私は畳のに転がっていました。……でもね、貴志さん」
彼女はテーブル越しにを乗りした。
そのが、私の固く握られた拳のに、そっとねられた。
温かかった。
老いた、だが確かにきているの、血の通った温もりだった。
「私はね、あなたをんだことは、度もありませんよ」
「……え?」
「真っ暗になって、窓のが見えなくなってもね、聞こえていたんです」
澄さんの目が、微かに潤んでいた。
「毎朝、分になると、トタン塀の向こうから、てくてくって音が聞こえるの。ランドセルがねる、カタカタっていうさな音」
私は息を止めた。
「あの部にいるとね、の覚がなくなるんです。今が何曜なのか、今が朝なのか昼なのかも分からなくなる。
……でも、あなたの音が聞こえると、『ああ、今も朝の分が来たんだ』って分かった」
澄さんの指先が、私のの甲を優しく撫でた。
「あなたが通り過ぎるとき、々、靴の裏でを蹴る音がしたわ。元気な、子どもの音。それを聞くだけでね、私は『の世界は、まだちゃんといている』ってえたの」
喉の奥がくなり、界が完全に歪んだ。
「私はでぬんじゃない。には、元気に学へく子どもがいる。その子が、毎朝ここを通ってくれている。……それだけで、私はあともう、きようとえたんです」
「澄さん……」
「あなたのお父さんや、佐野の親戚はね、私を監するためにあなたを通わせていたんでしょう。それは分かっていました」
澄さんは、しそうに微笑んだ。
「でも、子どもに罪はありません。あなたはただ、毎朝懸命、学へ通っていただけ。そして、私にを振ってくれた。……あんな暗い部にいた私に、としてを振ってくれたのは、あの町であなただけだったのよ」
涙が、私の頬を伝ってテーブルに落ちた。
、解けなかった呪いが、音をてて崩れていくようだった。
私は、監の具だった。
父の利害のために配置された、無邪気なセンサーに過ぎなかった。
しかし、その無邪気さだけが、暗のにいたこのを、辛うじてこの世に繋ぎ止めていたのだ。
「どうやって……あのをられたんですか」