"朝四時の弁当を捨てた夫が、五分後にすがりつく理由" 第12話
夫は無識に、半歩ずさりした。
「あなたはね、私の料理が恥ずかしかったんじゃないのよ」
乾いた私の声が、静まり返ったリビングに響く。
「あなたは……自分が私に頼りきりだってことを、世にられるのが耐えられないだけ。 『俺の力で会社をきくした』 『俺のセンスで契約を勝ち取った』 そうやって周囲に威張り散らすための台が、 毎朝台所につ妻のな労働だったと認めるのが、ぬほど怖かったんでしょう?」
正彦の喉が、ヒッとさく鳴った。 痛いところを突かれたの、醜悪な揺。 目は泳ぎ、拳は震え、それでもなお、男のプライドというボロボロの鎧にしがみつこうとしている。
「だ、黙れ……! てけ! 俺に刃向かうような女は、このに秒たりとも置くもんか! 着の着のままで放りされて、野垂れにしろ!」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「……は?」
正彦がの抜けた声をげた。
私はリビングの隅に置いてあった、さなキャリーケースのハンドルを引いた。 今、料理教へくに、必最限の着替えと、実印、通帳、そして冊のレシピノートを詰め込んでおいたものだ。
「駅のウィークリーマンションを、半分契約してきたわ。 料理教の講師料と、これまでの私のパート代の貯でね」
「ま……待て、美代子! 本気で言ってるのか!?」
「本気よ。
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の朝、私の弁護士から、正式な婚姻費用分担請求と、別居の通が会社に届くはずだから。 それから、黒ロジスティクスの藤原様にも、私個から内容証郵便を送らせていただいたわ」
正彦の顔が、気を通り越して青く凍りついた。
「な……何を、送ったんだ……?」
「『私は林に対し、いかなるレシピの使用権も許諾していない』という、権利関係の公式な通よ。 藤原様から言われたでしょう? 以内に権利処理の証をせ、って。 ……頑張ってね、社さん。私なしで、どうやって千万円の契約を守るのか、見ものだわ」
「美代子ッ! 待て! おい!」
背から伸びてきた夫のを、私はたく払いのけた。
玄関のドアをける。 のたい夜が、私の頬をよく撫でた。
、私を閉じ込めてきた檻の扉が、今、完全にかれたのだ。
その夜、林の事務所。
夜を回っても、蛍灯のかりは消えていなかった。
には類が散乱し、皿には吸い殻がのように積まれている。 正彦はソファに突っ伏したまま、を抱えて呻いていた。
「拓也……おい、拓也! 織はどうした! あいつを連れてこい! コンプライアンスだか何だからんが、黒への報告を取りげさせろ!」
デスクに向かっていた息子の拓也は、パソコンの画面を見つめたまま、かなかった。
「……無理ですよ」
「ああん!? 夫のおが命令すりゃいいだろうが! 嫁のくせに会社を裏切りやがって!」
「織は、実に帰りました」
拓也の声は、のようにえ切っていた。
「婚届を置いていきましたよ。 『内の労働をタダで奪うことを何ともわないようなとは、これ以緒にいられません』って」
「な……っ」
「それだけじゃない」 拓也がゆっくりとちがり、父親のに枚のファックス用を叩きつけた。
「さっき、黒ロジスティクスの購買部から正式な通達が来ました。 『林株式会社とのコンペ交渉を、本付で無期限凍結とする』。 社チェーンに内定がたそうです」
千万円の契約が、完全に消滅した瞬だった。
正彦のがパクパクと音のない空気を噛む。 信じられないというように、目を血らせて息子を見げた。
「う……嘘だろ……? そんな……たかがババアの飯のレシピひとつで……! 俺の会社だぞ!? 俺がかけて作ってきたなんだぞ!!」
「父さんの?」
拓也のから、乾いた笑いが漏れた。 その瞳には、かつて父親に向けていた崇拝のは、欠片も残っていなかった。
「今、母さんがてった、僕が厨の段取りをやろうとしたんです。 の仕込みの野菜の発注、配送ルートの調、パートさんたちのシフト組み……。 何つ、まともに回りませんでした」
拓也は両で顔を覆い、震える声で吐き捨てた。
「全部、母さんが裏でやってたんじゃないか……! 父さんが威張り散らしてで酒をんでる、 どの業者が番くネギを卸してくれるか話して、 配送がパンクしたに代の配をして、 厨のパートさんが辞めないように話を聞いて……全部、母さんがで穴埋めしてたんだ!」