"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第15話
「…………」
掠れた呼び声は、誰にも届かず、がらんとした吹き抜けの井に吸い込まれて消えた。 テーブルので、分いが、無慈なさでを反射していた。
あれから、丸が過ぎた。
清の港に、再びがやってきた。 ベランダにると、駿湾を渡ってくるが頬を刺す。 けれど、あれほど痛かった気が、議と肌にいい。
さなヤカンが、ピーと甲い笛を鳴らす。 を止め、急須に分の蒸し茶を注ぐ。 湯呑みからちる、青く甘い湯気。 胃の痛みは、もう完全に消えていた。
こので、くのものが変わった。
夫の会社――産品卸は、女の理恵が専務とともにち直らせた。 女の美子の夫が仕掛けた買収作は、を巻き込んだ法続きで完全に退けられた。 美子夫婦は実と完全に音信を断ち、内での展も資繰りの悪化で縮を余儀なくされたと聞く。
理恵は私の助言を受けながら、臭く現を回った。 田や焼津の頑固な仲買たちに何度もをげ、私の抜けた穴を、正規の適正価格と誠で埋めていった。 今では、会社の納品や請求に私のはない。 理恵自ので歩む会社として、しい息が吹き込まれていた。
そして、夫は。
病気の遺症でに麻痺が残り、代表権を返して相談役に退いた。
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あの広すぎる敷で、週にのデイサービスとヘルパーを頼みながら、で暮らしている。 鳴り散らす声も、座卓を叩く音も、もうあの敷には響いていない。
「……お母さん、根、これくらいのさでいい?」
台所の流しから、慮がちな声がした。 女の真紀だった。
エプロンを締め、包丁を握るつきは、まだし覚束ない。 だが、まで指先ひとつかさず、座敷でふんぞり返っていた娘の姿は、そこにはなかった。
「もうしくていいわよ。が染みやすくなるから」
「うん、分かった」
真紀はさく頷き、静かに刃を落とした。
真紀と健司さんは、別居を続けている。 けれど、あの緑の婚届は、まだ役所にはされていない。
健司さんがをた、真紀は初めて、で暮らすことの現実をった。 球の替え方、の灯油の補充、末の支払いの計算。 自分が「当たり」として享受していた平穏が、健司さんの無償の汗のに成りっていたことを、をもってったのだ。
の終わり、真紀は健司さんのアパートを訪ね、駄箱に残されていたノートを抱えてをげたという。 泣いて縋るためではなく、「今までごめんなさい」と、ただそれだけを伝えるために。 健司さんは許したわけでも、拒絶したわけでもなかった。 「に度、飯でもおう」 そう言って、は壊れた関係をから、のようにしずつ温め直している最だった。
玄関のチャイムが、く鳴った。
真紀のが止まる。 「……お父さんじゃないよね?」 怯えたような声に、私は首を振った。
「違うわ。お父さんは、ここには来ない」
そう言ったものの、胸の奥で、数の来事が蘇っていた。
晦を数に控えた、曜の午だった。
当たりのいい畳で、私がしいの仕入れスケジュールの帳を理していた。 トントン、と控えめなノックの音がした。
ドアをけると、そこには、ひどく痩せ細った老がっていた。
サイズのわなくなった分いウールのコート。 に握られた、黒い本の杖。 かつて駿湾の魚を牛っていると豪語していた、あの男の面はどこにもなかった。 肩をさくすぼめ、寒ので髪を揺らしながら、おずおずと私を見げていた。
「……」
声まで、擦れてさくなっていた。
「何か用ですか」
私がたくも温かくもない声で尋ねると、夫はコートのポケットから、包装に包まれた平たい箱を差ししてきた。 震える。 箱には、静岡の老舗菓子の号が印刷されていた。 若い頃、私が好きだった駿湾の豆煎餅だった。
「これ……のデパートで見かけてな。お、正によくべてただろ」
私は箱を見つめた。 の結婚活ので、このが私に「産」を買ってきたことなど、度もなかった。
で豪遊し、価な酒を煽り、にはだらけの靴と号だけを持ち帰っていた男。