"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第13話
……俺の借りている部、隣の続きの部が今で空くそうなんです」
健司さんは顔をげ、まっすぐに私の目を見つめた。 その瞳には、打算も邪もない、純粋な庇護のが溢れていた。
「俺がそこを借ります。壁枚隔てて隣にいれば、何かあってもすぐに駆けつけられる。朝の飯も、病院の送り迎えも、俺が全部やりますから。……俺に、母さんの面倒を見させてくれませんか」
喉の奥が、きゅうと締め付けられた。 嬉しかった。 、誰からも慈しまれず、搾取されることだけを求められてきた老婆に対して、血の繋がらない娘婿が、自分の活を削ってまでを差し伸べてくれている。 その真が、どれほどえ切ったを温めてくれたか分からない。
だが。
私は湯呑みを両で受け取り、ゆっくりと首を横に振った。
「健司さん。ありがとう。本当に、涙がるほど嬉しいわ」
「じゃあ――」
「でもね、それは駄目なのよ」
健司さんの表が、凍りついた。 拒絶されるとはっていなかったのだろう。 戸惑いと、傷ついたようながその瞳をかすめた。
「どうしてですか……? 俺じゃ、頼りになりませんか」
「違うの、健司さん」
私は微かに微笑んだ。 病みがりの掠れた声だったが、芯だけは通っていた。
「私はね、お父さんの顔を窺って、お父さんの指図通りにきるのが嫌で、あのをたのよ」
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健司さんが、息を呑む。
「もしここで、あなたの優しさに甘えて、あなたの言う通りに活のすべてを委ねてしまったら……私は、あのから逃げしたがなくなってしまうの。誰かの善ので庇護されるは、形を変えた依でしかないのよ」
「母さん……」
「私はね、歳になって初めて、自分ので面を踏みしめてっているの。自分で選んだお茶を淹れて、自分で買ったパンをべて、自分の責任で倒れて、自分ので入院費を払う。この細さも含めて、全部が私の『自由』なのよ」
窓のでは、駿湾のが夕に染まり、茜からい群青へと変わりつつあった。
「健司さん。あなたには、あなたのがあるわ。真紀との別居のことも、これからの仕事のことも、あなたが自分のために選んでいくべきなの。私を介護するために、あなたのをすり減らしちゃいけない」
健司さんは、しばらくの、かなかった。 線を落とし、握りしめた拳をじっと見つめていた。 病の掛け計が、チク、タク、と乾いたリズムを刻む。
やがて。 健司さんの肩から、すっと力が抜けた。 顔をげたその唇の端に、照れたような、けれど今までで番れやかな笑みが浮かんでいた。
「……参ったな」
健司さんはを掻いた。
「母さんは、本当にいですね。俺、また独りよがりないがりをしてました」
「独りよがりなんかじゃないわ。その気持ちだけで、私はこれからのをできていける」
「分かりました」
健司さんはちがり、窓ののを見つめた。
「隣への引っ越しは諦めます。でも、たまにお茶くらいはみに寄らせてください。それと、い灯油のポリタンクを運ぶのくらいは、ただの運送として伝わせてくださいよ」
「ええ、それならんでお願いするわ。もちろん、缶コーヒー本くらいは奢るわよ」
のに、初めて対等な、よい笑い声が零れた。 救う者と救われる者ではなく。 自したの同士としての、確かな絆がそこに結ばれた瞬だった。
週、私は無事に退院した。
退院のの午、理恵が病院まで迎えに来てくれた。 そのには、会社の決算報告と、弁護士からの分い報告が握られていた。
理恵は私の助言通りに見事にち回った。 メインバンクの支を方につけ、美子の夫の会社の焦げ付きを盾に、取締役会で乗っ取り計画を完全に砕したのだ。 違法な資産移管を企てた美子の夫は、産へのち入りを禁じられ、激した美子は「もう実とは縁を切る」と叫んでびしていったという。
「お母さんのおかげよ」 を運転しながら、理恵は言った。バックミラー越しに見えるその横顔は、すっかりの経営者としての顔つきになっていた。
「田の主さんたちもね、私がをげにったら、『さんの娘なら、から叩き直してやる』って、取引をしずつ再してくれることになったの。