"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第9話
真紀は部のを見回し、唇を震わせた。
「……何よ、これ。あんた、いつからこんな部借りてたの?」
「ヶだ」
健司さんは壁際にち、腕を組んだ。
「母さんが、内で事務所を畳むと言っただ。社がおたち族総で母さんを締めげるのは目に見えていた。だから、俺ので借りた」
「あんたの!? うちの会社からてる料でしょうが!」
「俺が夜当も休当もつけられずに、に百って稼いだだ」
健司さんの声は、静かだった。 鳴るわけでもなく、ただ酷な事実を淡々と並べる。
「真紀。おは今、ここへ何をしに来た」
真紀はバッグのから、枚のを乱暴に引っ張りした。 緑の縁取りがされた、婚届だった。
「これにサインしなさい!」
真紀はを畳のに叩きつけた。
「今すぐ実にって、お父さんので座して謝るの! 『全部僕のいがりでした、母さんをそそのかして申し訳ありませんでした』って! そうすれば、お父さんも許してくれるかもしれない! 嫌なら、これにサインして今すぐ婚よ! あんたなんか、着の着のままで放りしてやるわ!」
夫と同じやり方。 脅し、奪い、相を極限まで追い詰めて従わせる。 それが、のがにつけてきた唯の対話法だった。
私はをきかけた。 「健司さん、私のためにそこまで――」
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だが、健司さんが片をげて、私を制した。
健司さんは畳のに散らばった緑のを見ろした。 眉つかさず、ただ静かに線を落としている。
「真紀」
「何よ! 怖いんでしょ!? 婚されたら、く当てなんかないもんね!」
「おは、ののことを覚えているか」
健司さんの唐突な問いに、真紀が眉をひそめた。
「……は? ? 何の話よ」
「俺とおが結婚したのだ。俺の母親が、脳梗塞で倒れた」
私の臓が、ねた。 そうだ。 あのの暮れ、健司さんのお母様が突然倒れ、沼津の病院に緊急搬送されたのだ。
「あの、社は何と言ったか覚えているか」
健司さんの瞳の奥に、暗い炎が宿っていた。
「『嫁の親の稼ぎだぞ。親の病なんかで配送を穴あけたら、婿養子の面目丸潰れだぞ』と笑って、俺に箱根越えの夜便をらせた。おも言ったよな。『お義母さんはどうせ識がないんでしょ? 今ってもないじゃない』って」
真紀の顔から、すっと血の気が引いた。
「お、昔の話を今さら持ちして何なのよ……!」
「俺は、ったよ。母親のに目に会えなかった。トラックのハンドルを握りながら、真夜のパーキングエリアでで泣いた。その、病院に駆けつけて、俺の代わりに母親のを握って、取ってくれたのは誰だったとう?」
健司さんの線が、ゆっくりと私へ向けられた。
「母さんだ」
喉の奥が、くなった。 あの。 たい霊で、ぼっちで横たわっていた健司さんのお母様。 夫の目を盗んで、タクシーをばして病院へ向かい、たくなったそのを握りしめた。 「ごめんなさい、健司さんをかせられなくて、本当にごめんなさい」と、何度もをげた。
「母さんは、社に内緒で、俺の母親の葬儀費用を用ててくれた。自分のへそくりから、典袋に包んで俺ののに押し込んでくれた。『健司さん、泣いていいのよ。あなたは悪くない』って言ってくれた」
健司さんのきなが、作業着の膝のでく握りしめられた。
「俺はあの、誓ったんだ。こので、誰がどうなろうとったことじゃない。だが、このだけは、俺が絶対に守るって」
「健司……」
真紀の声が、震えていた。
「おたち族は、母さんを扱いしなかった。話番のババア、タダ飯らい、都のいい政婦。おもそうだ、真紀。母親が毎どんないで飯を作り、どんないでおの愚痴を聞いていたか、度でも像したことがあったか?」
健司さんはちがり、部の隅に置いてあった古いボストンバッグを持ちげた。
「座なんて、んでもしない」
「……え?」
「婚届、預かっておくよ。俺の欄を埋めて、役所にしておいてやる」
真紀の目が、極限まで見かれた。 元が崩れ落ちるような衝撃が、その表を打ちのめしていた。
「嘘……でしょ……? 健司、冗談よね? あんた、私を捨てる気!?」
「捨てたんじゃない。